今週(3月19日号)の「週刊新潮」に、評論家の呉智英さんの文章が載っている。少年犯罪の「実名・写真報道」の是非を問うた特集である。呉さんを含めて9人の識者が意見を述べているが、柔道家の山口香氏、野球評論家の広岡達朗氏など、少年法を知っているのか、と疑問を持たざるをえない。でも、「子どもの人権連代表委員」の石井小夜子氏以外は、おおむね18歳少年の「実名・写真報道」に賛意を表している。
まぁ石井小夜子氏は仕方がないでしょう。「残虐な殺人事件を起こしても子どもは天使なのよ!」という主義の方で、現実よりスタンスがまずありきなのでどうしようもない。
その点、呉さんは、しっかりと現実を見ている。「写真・実名報道」をするなと喚いている連中を「人権主義者」と指摘し、その「人権主義者」が彼らがもっとも忌み嫌う国家権力の側に立って、国家の言い分を擁護しているバカらしさを指摘している。
これなんですよね。現実よりスタンスが優先するので、「人権主義者」は自分たちの主張に内包する矛盾に気がつかない(笑)。
同じ「週刊新潮」のグラビアに「とっておき私の奈良」というページがあって、二上山を背景に、宗教学者の山折哲雄さんが坐禅を組んでいた。山折さんは、『早朝坐禅――凛とした生活のすすめ』(祥伝社)を著しており、そういった意味で言えばワシャの禅の師匠でもある。他にも、テラワーダ仏教の長老アルボムッレ・スマナサーラ師との対談集『迷いと確信』(サンガ)などでも、迷えるワルシャワに方向性を与えてくれている。
ページのすみっちょに『これを語りて日本人を戦慄せしめよ』(新潮選書)が紹介したあったので、早速、購入して読もうっと。