呉智英講義

 昨日、JR安城駅前の図書館で呉智英さんの講義があった。これから3回の連続講座で、第1回目は「トンデモ名古屋論を斬る」と題して2時間たっぷりと語られた。
 もちろん行きましたがな〜。会場は50席用意されていて、40席が埋まっていた。その内、12人が呉さんのコアなファンなので、残りは28人、これが安城市の知的レベルということか。
 講義はおもしろかった。呉さんの冷徹な名古屋論の切れ味は鋭く、とくに多くの著作を持っている岩中祥史氏の名古屋論に対しての指摘は厳しい。
 例えば『中国人と名古屋人』(はまの出版)という本がある。もう絶版になってしまった本なのだが、これは呉さんの指摘によって絶版に追い込まれた。この本の「要旨紹介」がネットの「e−hon」にある。
内村鑑三といえば、無教会主義キリスト教と非戦主義で世界的にも名を知られる思想家である。その内村が、ある原稿で「中国人」と「名古屋人」とを並べて、ここまで言っていいのかと思えるほど、こきおろしている。曰く、「救済の希望絶無なる者は、知恵のある者なり。中国人のごとき、名古屋人のごとき、ほとんどこの絶望の淵に瀕するなり」―。「知恵」はあっても「救済の希望絶無」とは、いったいどんな意味なのか。内村鑑三は、何をもってそう断定したのか。名古屋出身の著者の旅はそんな疑問から出発した。そして、到達した結論は…。日本人の肺腑を鋭くえぐるユニークな文明論。対中国(人)ビジネスに悩む方にとっても福音の書。》
「目次」もあるから載せておく。
《プロローグ なぜ、「中国人と名古屋人」なのか?
第1部 “中華思想”ではどちらも負けない
第2部 中国人と名古屋人の共通点
第3部 中国人と名古屋人との違いは?》
 本の内容は「要旨紹介」と「目次」でおおよその見当がつくと思うが、要するに「中国人」と「名古屋人」を比較文明論的なものであろう。岩中氏、東京大学教育学部ご卒業の俊英である。
呉さん、いろいろお話を伺っていると東京大学には一目を置かれている。しかし、それはなにかを実現するために東京大学に進んだ人たちであり、例えば官僚になるために法学部に進むとか、インド哲学を学ぶために東大を選んだ人たちについて「やつらは優秀だ」と言われる。
 しかし、東大といっても全員がそんな高邁な思考を持っているわけではなく、中には、東大卒という肩書が欲しいがために東大を目指す輩がいて、そういうのは箸にも棒にもかからないのが多いらしい。その中の典型が岩中氏である、と呉さんは言う。
 岩中氏の『中国人と名古屋人』にもどる。岩中氏の論は、内村鑑三の指摘した中国人と名古屋人を根幹として、組み立てられた大陸人(漢人)と名古屋人の比較文明論である。しかし、内村鑑三の言っている中国人とは、山口県広島県などの中国地方の人のことで、中国地方人と名古屋人を論っているのである。
 内村鑑三の時代に大陸の大国のことを「中国」と呼んだかということである。そのことが知識としてあれば「当時は支那だよな」と気がつき、ということは「中国人」というのは山陽山陰の「中国地方人」のことかもしれない。ここまで気がつけば、ちょっと調べるだけで、内村鑑三の言っていることが理解でき、一冊本出してしまうほどのバカはやらなかったろう。呉さんは言う。「ここまでの駄本はおそらく出版会始まって以来ではないか」
 なにしろ、呉さんの歯に衣着せぬお話はとても興味深く、ワシャはずっと笑っていたのだった。あ〜おもしろかった。

 講義の後、呉さんを筆頭に、呉塾の方々と慰安会を駅前の居酒屋で行う。呉さんは、牡蠣フライとタルタルがお好きなんですな。大きなのをペロリと食べておられた。