深川

「昔、深川を巽(たつみ)の世界といったそうです。たいへん繁昌したというのは、江戸府内といいまして本所、深川は川向うになるという……つまり、いくらか江戸から離れる。そこでは、ちょっとこういうこともしにくいがこっちならよかろうということで……」
 名人圓生の「おさん茂兵衛」の語り出しである。
 富岡八幡宮の門前に悪所があった。そこに芸者がたくさんいたのだが、彼女たちは他の岡場所と区別をするために羽織をまとった。だから門前仲町界隈の芸者は「羽織芸者」あるいは御城から巽(東南)の方角であったことから「巽芸者」と呼ばれた。
 幕府開闢のころは、江戸府内といえば隅田川までであった。隅田川にかかる橋に両国橋というのがあるでしょ。隅田川の西は武蔵国だけれど、東は下総だったんですね。だから御府内ではやんちゃなことはできないけれど、川を渡っちまえば恐いものもなくなっちまう。取り締まるのも将軍直轄の町奉行ではなくて、位も低い代官だからアウトローたちは必然的に川東、つまり深川あたりに集まってくるという寸法さ。だからいろいろなドラマが生まれるんでゲス。
 落語でいえば「おせつ徳三郎」。冒頭に引いた「おさん茂兵衛」とは違う話で、「おさん茂兵衛」は深川から話が始まるけれど、ドラマの舞台は上州上尾でやんす。
「おせつ徳兵衛」のほうはっていうと、話は深川界隈で話が進んでいく。後段は、白銀町や村松町なので、川の西側なんですが。
 歌舞伎なら「八幡祭小望月賑」(はちまんまつりよみやのにぎわい)でしょうな。まさに八幡祭り富岡八幡宮の祭で、そこに出てくる主人公の美代吉、これがいい女なんですな。ワシャは一度、玉三郎で観たけれど、手拭いを口にくわえて蹲踞(つくばい)から水を受ける仕草はたまりませんぞ。
 
 今日は半日休みをとって、午前中に所用を済ませることになっている。一日休めばよかったのだが、仕事がやまもりでそうも言っていられない。おっと、時間になった。それじゃぁどなたさんも、まっぴらごめんなすって。