作家の吉村昭さんが酒好きだったことはつとに知られている。取材旅行の多かった吉村さん「うまい肴でうまい酒を飲む。それは旅の最大の楽しみである」と言っておられる。おそらく『三陸海岸大津波』で東北の海岸を、『羆嵐』で天塩山地の西麓などを歩かれたおりには、おいしい肴と酒に舌鼓を打たれたにちがいない。
そんな吉村さんの酒へのこだわりを少しばかり参考にさせていただこう。まず店に対してはこんなことを言われる。
「店主は、客が快く飲み食いするのを第一と考えるべきで、客の好みまで口出しするのはよろしくない」
よくあるでしょ。御託の多い店主ってぇのが。「このつまみにはこの酒で飲んでくれ」とか「オレの料理にはビールは合わないから日本酒にしてくれ」とかうるさい料理人。「オレの店ではオレの流儀にしたがってもらう」って、貧弱な料理哲学を押し付けてくるのはとても迷惑だ。こっちは金を払っているんだ、口開けは日本酒じゃなくてビールがいいんだから、勝手にさせてくれ。客商売なのだから、そういう客だって許容しなければダメだよね。吉村さんもそういう店が嫌いだと聴いて百万の味方を得た思いである。
吉村さん、こんな頼もしいことも言っておられる。
「数年間、酒を絶えず飲んでいると、アルコール依存症になると主張する、おそらく下戸であるのだろうお医者さんがいるが、おどかさないで欲しい。四十数年間も飲んでいる私は、風邪その他の症状が起きれば半月でも一ヶ月でも一滴も飲まずにすごすことができ、決して依存症になどなっていないことを知っている」
60歳を過ぎても、毎晩、ビール、清酒、ウイスキーの水割りを楽しまれていたそうだから、嬉しいではあ〜りませんか。
吉村さんが超音波の肝臓検査をした折のこと。主治医から「肝臓もきれいですね」と言われたそうだ。その時の吉村さんの答えがふるっている。
「はい、毎日夜、酒を飲んでおりますので……」
これに対し主治医はこう応じる。
「むちゃ飲みをする人は早く死にますが、適度に飲む人は長生きすると言われています」
吉村さんはエッセイで医者の発言をこう締めた。
「この言葉で、先生が良き愛酒家であることを察し、一層の信頼感をいだいた」
吉村さん、健康な酒飲みが好きなんですね(笑)。