ワシャはエッセイとか随筆が好きで、いろんな人のものを読んでいる。軽い読み物なので図書館で借りてくればことは足りる。でもね、ワシャはなにしろ本を手元に置きたい派なので、買って買って買いまくり、エッセイ集、随筆本なども溜まってしようがない。
『日本の名随筆』というシリーズがある。全100巻に別巻が100巻あるので、かなりの読みごたえがある。その中のかなりを蔵書しているが、まだ全巻揃いには届いていない。がんばるどー!
その中に『酒場』と題された巻がある。酒好きな作家が集って甲論乙駁、なかなか楽しい巻なんですね。その中に吉村昭の「酒癖二態」がおもしろい。吉村さん、冒頭にこう言っている。
《酒好きであるのに、酔っぱらいは恐ろしい。》
吉村さん、ある居酒屋で文藝春秋の編集者と芥川賞についての話をしていた。単なる雑談であった。それに近くで飲んでいた男が絡んできた。
「なにが芥川賞だ。あれはな、芥川龍之介を記念してもうけられた賞だ。芥川の小説を読んだこともないくせに、芥川賞、芥川賞と気易く言うな」
吉村さんは、過去に芥川賞に4度ノミネートされて落選の憂き目にあった作家で、そういった意味で言えばこれほど芥川賞にかかわった作家はいない。そしてもう一人は文藝春秋の編集者で、芥川の作品は総なめにしているだろう。
吉村さんは、からんできた男のことには触れていない。けれど、ワシャが推測するに、文士くずれがどこかの出版社に就職をして、仕事帰りに同僚と酒を煽っていたのではないか。一度くらいは芥川賞に応募したこともあったのかもしれない。でも、芽が出なかった。
そこに隣から「今回の芥川賞は……」「正直、これはという作品がなかったんですね……」「吉村さんの頃と比べると芥川賞の質が落ちている……」なんて聴こえてきたのでしょう。
男は「おれが青春を賭けて、必死になって取りにいったけれど、門前払いを食らった芥川賞を、風采の上がらぬ男二人が、偉そうに、評論家にでもなったつもりか。文学のブの字も知らないようなマヌケな顔をしやあがって」と怒りを募らせていったのであろう。勝手に堪忍袋の緒を切って、隣席の二人連れに食ってかかったということ。
結局、吉村さんたちは、その男を無視する格好で、不愉快ではあったが飲んでやり過ごした。
《酔客にからまれて怒ってみたところで、仕方がない。酒癖の悪い男を相手にすることほど愚かしいことはない。》
と、達観しておられる。まあそれも手であろう。
ワシャが係長の頃だった。うちの会社のメンバーがよく行く居酒屋に2次会で立ち寄った。すでに店内は会社の人間が沢山いるのだが、いつものように賑わってはいない。ひっそりとしている。ひっそりとはしていないか……一人大声を張り上げている課長がいて、その他はその課長の部下だった。要するに古参課長が若い連中に説教しているところに入ってしまったらしい。
「ワシャさん、なんとかしてくださいよ」
と、若い係長が助けを求めてきた。と言われてもねぇ、取りあえずからまれているのはワシャではない。自分たちで何とかしなさいよ。ワシャはからまれなければ、酔っぱらいが近くにいてもまったく気にならない。一緒に入った仲間と、テキトーなバカ話で盛り上がっていた。そうしたら、件の課長が「そこの、若いの、うるさい、黙って飲め!」とからんできた。
ワシャは吉村さんのように君子ではないから、降りかかる火の粉は振り払うことにしている。
「そこの偉ぶっているヤツ、お前の方がうるさい!やさしい部下にしかからめないんだろう。悔しかったらヤクザにからんでみろ。できねえんなら隅っこで黙って飲んでろ!」
それから、その課長は退職するまで、職場でも飲み屋でもまったく口をきいてくれなかった。いやいや退職してからお会いしても口をきいてもらえない。こっちとしてはありがたいけどね(笑)。