絶望しないように

 昨日の夕刻、職場から自転車で帰宅途中のことである。ワシャは雨の日も風の日も自転車で通勤しているので、台風が紀伊水道あたりにあってもアーミーグリーンのカッパに身を固めて風雨の中に飛び出す。
 西三河はすでに強風圏に入っている。吹き付ける強い風にまじってときおり突風が吹く。下辺の輪郭が崩れた黒い雲が次々と足早に西に走り去る。雨はフレアーのカーテンのごとく波を打ちながら進行方向を阻んでいる。時には強く、時にはさらに強く。市街地の公園の森を通過するときは「七人の侍」の戦闘シーンの雨のようでしたぞ。
 20分くらい雨の中にいたのかなぁ。マンションが林立する街区を走っている時だった。突然「ボンッ!」と突風ごえの烈風に見舞われた。あやうく自転車ごと倒されるところだった。傘を差していれば間違いなく転倒していたね。通り沿いの事業所の社旗が「はたはたはた」だったものが「パタパタパタパタパタパタ」に切り替わっていた。
上空を見れば、黒い雲の下辺に尻尾のようなものができかかっている。おいおい竜巻の卵じゃないかい。それを見つけて、あわてて自宅に逃げ帰ったのだった。

 今、瀬木比呂志『絶望の裁判所』(講談社現代新書)を読んでいる。著者はどうしても裁判官の世界が嫌で学者に転向した人である。著者はかなり辛らつに裁判官の世界を糾弾しているが、いやいやお役所と呼ばれるところでは、大なり小なりそんなことは日常茶飯事ですぞ。
《上層部の劣化、腐敗に伴い、そのような中間層も、疲労し、やる気を失い、あからさまな事大主義、事なかれ主義に陥っていったのである》
 どうです。どこの省庁でも、あるいは東京電力にだって当てはまるでしょ(笑)。

 また著者は、「最高裁判事の性格類型別分析」なるものを披瀝している。それによれば「人間としての味わい、ふくらみや翳りをも含めたそうした個性豊かな人物」は5%としている。なかなかこの一文にずばり当てはまる人物というのも難しかろうが、おおむねこんな人物が5%くらいはいると言っている。ワシャの会社で考えても、そんなものだろう。
 次の類型が、「頭は切れ、人当たりもいいので、一応の成功はしている。しかし、価値観や人生観、教養と言い換えてもいいが、そのベースのところが借り物で、本当にそのことを理解している人間の前ではすぐにメッキがはがれる」という人、これは官僚、役人にもっとも多いタイプで、100人中半分はこの手の人物だと著者は言う。
 三番目の類型がもっとも評価が低い。いわゆる「夜郎自大」な人間とでも言おうか。
「己のことを自慢し、わずかな成果をことさら大きく吹聴する。そのことに他者が当惑しても気付かない」
 いるでしょ、あなたの周囲にも(笑)。こういった輩がもっとも長生きする。厚顔無恥、傍若無人、神経も細やかではないので、ストレスからはもっとも遠い存在だろうね。生物的にも社会的にもタフな人間と言っていい。著者は、この手が40%もいると言う。まぁ、これは最高裁判事の分類である。とりあえず社会の頂点に近いところのエリートグループということで、三番目の類型が多くなっていると思われるが、多寡はともかくどんな集団にも必ずいるでしょ、こういうバカが。
 そして四番目。
「その人の執務室は常にしんと静まりかえっていて物音一つせず、赴任してきた元気のいい裁判所書記官が程なく連日微熱が引かない半病人状態になり、ほうほうの体で地裁に逃げ帰っていった」
 仕事に冷徹というか、もちろん仕事にはクールさは必要だと思うけれど、温かみのまったくない上司というのもいかがなもんでしょうかね。厳しくてもいいけれど、そこに人としての情のようなものがなければショッカーと同じだわさ。こんなのが10%もいたというから、さすが最高裁と言わざるをえない。
 それでもあなたの組織にもそんな機械のような上司はいませんか(笑)。

 でね、最近、裁判官で増えてきたのが「表と裏の顔の使い分けが巧みな人」なんだそうだ。
「外部に対してどのように振舞えば受けがいいか」ばかりを考えているトップエリート、要するに文句を言われそうなところの顔色ばかり伺っているやつらということになるのだろう。そりゃぁ今まで上司ばかりに向いて生きてきたのだ。自分が上の立場になれば、向くところは外しかなく、作りこむところは外面(そとづら)ということになる。
 こういった手法で出世街道を登っていく裁判官を「最高裁長官の言うことなら何でも聴く、その靴の裏でも舐めるやつ」と表現している。
 そう言えば、そんな野郎が長野県にいましたねぇ。長野オリンピックの時に軽率なことばかり言っていた知事がいたでしょ。ミズスマシ知事でしたっけ。あれは類型でいえば三番目だったかなぁ。その人のことではなくその人の下で副知事をやっていた男の話である。ミズスマシの妻というのが、やはり夫と同じ三番類型の阿呆で、知事夫人なんて暇だから、他にすることがないんでしょうね、姓名判断かなんかにこって、部下の名前を「変えたほうがいい」とか言い出したんだとさ。
 ワシャが社長の妻から「名前を変えろ」と言われたら「バカも〜ん!」と一喝ですわ。ワシャでなくても皆さんそうですよね。それを唯々諾々と受け入れた男が長野県庁にいた。名前を変えたのが功を奏し、副知事まで登り詰めた。ミズスマシの靴の裏まで舐めたおかげで知事の後継指名までしてもらったのだが、田中康夫さんが彗星のように現れて、知事職を掻っ攫っていってしまった。残念だったね。
 そんな楽しい輩は法曹界ばかりではなく、中央にも地方にも数多いるのである。