90分

 ワシャは三河地方に展開する中堅企業の凸凹商事の社員である。取扱品目は多岐にわたっている。ときには防災用品だったり、環境製品だったり、最近は岩石も扱っていたりする。
 今日も今日とて、その石のこしらえを見聞に出かけなければいけない。土曜日だというのに、鬼のような部下がスケジュールを埋めてしまう(泣)。

 それにしても昨日は厄日だった。朝から何をやっても悪い方に目がでる。朝一の大きな会議では下手なプレゼンを延々と聞かされた。久しぶりだったなぁ、小学生レベルのプレゼン。その社員は一所懸命にやっていることはわかる。しかし、冗漫なプレゼンは時として聞き手に苦痛をあたえることを忘れてはいけない。15分の予定時間を5分程超過して、プレゼンは終了した。

 その会議とオーバーラップして、もう一つの大きな会議があった。最初の会議をしめて、それから全速力で走って次の会議室に滑り込む。これは社外役員対応のもので、こちらも紛糾した。

 そして午前11時30分から3つめの会議というか面会があった。要するにバイヤーが何らかの伝手をつかって商品の売り込みにやって来るというもので、ときにはおもしろいものも混じっているので、30分程度のプレゼンをいただくことにしている。
 現われたのは、派手なご婦人だった。歳の頃なら70歳といったところか。いかにも高そうな衣装をまとっておられる。もう悠々自適でもいい年齢なのに頑張っているんだね。
 ご挨拶もそこそこにとりあえずプレゼンが始まった。それにしてもこのご婦人がアクティブなお婆さんで――アクティブじゃないな、夜郎自大というか、虎の威を借る狐というか、新興宗教の教祖様というか――30分どころか90分もの間、偉い人たちとのネットワークについて話しっぱなしだった。
 次から次へと有名人のお友達と称する人物名が飛び出して、まずは経済人の名前が何人も羅列された。次ぎに中央の官僚や有名大学の教授、その内に政治家の名前が飛び出すようになってきた。現役の大臣が出てきたあたりで、完全に引いてしまった。ついにアメリカ合衆国の偉い人が出てきたところで、ワシャは椅子から滑り落ちた。
「この人は何かに憑りつかれているのか」そう思ってしまった。
 実際に知り合いなのかもしれない。が、ことさら偉い人物を引き合いに出して、自分を装飾しても空しくないだろうか。きっとこの人もずっと人とのつながりだけを頼りに自分を飾ってきた人なんだなぁ。
 あなたがどういう人なのか、あなたが何をできるのか、あなた自身はどう汗をかくのか、これが最後まで語られなかった。
 洞穴があって、そこを抜ける風がゴウゴウと音を立てている。そんな感じをイメージしていただければいい。
 ビジネスでもなんでもそうだけれど、30分と決めたら30分の間に要点をまとめて相手に伝える、これが大切だと思っている。プレゼンの優劣は、持ち時間を超えた段階で評価は大きく落ちていくものなのだ。予定時間を60分も超過することはありえない。そもそも相手への礼儀を欠いていると言わざるをえない。

 そうそういいこともあった。ワシャの喧嘩の師匠から久々にメールをいただいた。このところご無沙汰をしていたので、とてもうれしかった。