どこに住んでいるの?

 まったく気がつかなかった。朝日新聞「声」欄の投稿者の名前の横に住所地と年齢が記載されてある。(岐阜県各務原市 60)(神奈川県湯河原町 55)(神戸市垂井区 42)などと、かつては市区町村まで書いてあったものだ。それが最近の「声」欄では、(東京都 59)(福島県 71)(茨城県 35)と都道府県のみとなった。これも個人情報保護というやつですかね。
 でもね、北海道からの季節の便りなどは、稚内市なのか函館市なのかでずいぶんと印象が違うものである。稚内であれば、まだまだ厳しい時期なのだなぁ……とか、函館なら、そろそろ春めいてきているのか……と想いを馳せられる。それがホッカイドーはデッカイドーだけでは、知床なのか小樽なのか富良野なのか奥尻なのか、まったくイメージが湧かない。
 そもそも新聞に投稿するということは、社会にいくばくかの影響を与えようと思って実行するものである。そういった投稿者にいささか配慮し過ぎではないのだろうか。
 例えば今日の「声」欄に(岐阜県 87)の方が「被曝人形に涙流した元米兵」と題した投稿をしている。肩書は元衆議院議員とある。ネットで調べれば、この方が岐阜市在住ということはすぐにわかる。そういう世の中になったのだ。岐阜市まで隠さなくとも、いいと思うのだけれど……。岐阜市なのか飛騨市なのかで、その人をイメージする時に、どういう環境で暮らしているから、こういった考え方になるんだと参考になることもある。
 些細なことかもしれないが、故人情報保護の暴走の一端のような気がする。

 ふっと思いついた。
「まてよ、では、朝日俳壇、朝日歌壇はどうなっているのだろう」
 早速、月曜日の新聞を引っ張り出してきた。
 およよ、こっちは記載の仕方が違うんだね。(長岡京市)、(金沢市)、(西条市)、(飯田市)、おっと(長崎県小値賀町)とか(京都府京丹後町)というのもある。この京丹後町の人がこんな句を詠んでいる。
 
 ゴン狐撃たれしその後夜の秋

 この俳句を京丹後の人が読むから情景が浮かんでくるのである。まだムシムシと熱い京都市内の人が読んだとしたら、ずいぶんと句のイメージが変わってくる。

 俳句や短歌は市区町村まで明かすけれど、「声」欄はかなり政治的色合いが強いので細かく明かすと迫害を受けるということなのかな。朝日のほうもプロパガンダに使っているので配慮しているということか(笑)。