先日、友だちと朝日新聞の看板コラム「天声人語」の話で盛り上がった。友だちは、まだ、「天声人語」に幾ばくかの信頼を寄せているようだ。ワシャはかなり以前に見切りをつけている。なぜ見切ったか、そのあたりの経緯について説明しよう。
発端は、日垣隆『エースを出せ!』(文芸春秋)
http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784163590608
である。ここで、朝日新聞論説委員の小池民男氏が槍玉に上げられた。
「天声人語」は、中学校のころから目を通していたが、2001年ごろから違和感を覚えるようになった。その疑問を解いてくれたのが『エースを出せ!』だった。今まで天のように仰いでいた「天声人語」の著者が、何のことはない、単なる左傾化した不勉強な新聞屋だったことが白日の下に晒された。
《文筆で飯を食うようになる以前の私は、何となく、毎日コラムを書き続けるのは大変なのだろう、と思っていた。しかし、やってみるとそうでないことがわかる。まして、ほとんど取材をしない「天声人語」欄の執筆は気楽な仕事だと思う。》
と、日垣さんは言う。詳細については、『エースを出せ!』を読んでね。
勝谷誠彦さんは、雑誌でも自身のメルマガでも「天声人語」を容赦しない。つい二日前のメルマガでこう言っている。
「わずか600字ばかりの文章を書くのに、ネタ集めを複数の若い記者にやらせている。ときには若い記者に代筆もさせている」
勝谷さんはコラムニストである。その証左に1年365日1日も欠かさず5000字のメルマガを書き続けている。その内容も濃い。勝谷さんのレベルから言えば、近年の「天声人語」はコラムと呼べる代物ではないということなのだ。
ちょっと「天声人語」を見てみよう。以下は昨日のものである。
◇◇◇
雨音の変調に振り向くと、ベランダで雹(ひょう)が踊っていた。白い粒の吹きだまりをすくい、はるか上空の寒気を想像する。しかし両手に山盛りの氷は、猛威の端で起きた異変にすぎなかった▼大型連休の最終日、関東地方を異常気象が見舞った。茨城県つくば市や栃木県真岡(もおか)市で竜巻が発生、1人が亡くなり、50人超が重軽傷を負った。建物の損壊は計1500棟を超す。最大級の竜巻被害である▼関東ではその時、湿気を含んだ南の暖気が低空に流れ込んでいた。上空との温度差は上昇気流を生み、巨大な積乱雲となる。その底から雹が降り、雷がとどろき、竜巻が起こる。神出鬼没の巨竜は悪意を宿したように、家財を巻き上げ、駆け抜けた▼世界的には米国の真ん中あたり、オクラホマ、カンザス、ミズーリ州などが「竜巻銀座」として知られる。逃げ込むための地下室を備えた住宅も多いそうだ。だが面積あたりの発生数では、関東平野も大して違わないらしい▼800年前に書かれた「方丈記」に、春の京を襲った「辻風」の記録が残る。〈三四町を吹きまくる間に、こもれる家ども、大きなるも小さきも一つとして破れざるはなし〉。地震や津波と同様、竜巻は昔から人の都合にお構いなく暴れてきた。文明が巡り合わせ、被害が刻まれる▼連休中、中高年登山者の悲劇も相次いだ。季節が移ろうこの時期、天の気まぐれに山も里もない。ひとたび牙をむいた自然の前で、悔しいけれど、人は飛べず泳げずの、弱き生き物に返る。
◇◇◇
ワシャは単なる素人でしかないが、少し解説を加える。文章力の高い皆さん、どうぞご寛恕くだされ。
さて、コラムは自宅のベランダに降った雹の話から始まる。コラムに限らずいい創作は、冒頭でその方向性や結末を解らせてはいけない。筋書きが見えないからドラマが面白いのである。最初から結末がわかっているドラマなど面白くもなんともない。雹の話から竜巻の話題へいって、天災つながりで地震や津波に触れ、天候異変で山の遭難に……という展開が一番ありきたりだ。いくらなんでも、天下の「天声人語氏」である、そんなつまらな展開はしないだろう。そう思って読み進めたら、ドンピシャリだった(泣)。
「雹」
「竜巻」
「地震」
「津波」
「山の遭難」
この話題で書けば、上記の文章になるに決まっている。せいぜい、『方丈記』の「辻風」を出したくらいが、このコラムの読ませどころなのだが、それにしても『方丈記』を読んだことのある人間なら、早い段階で出てくる「治承(ぢしょう)の辻風」を連想することは、さほど難しいことではない。
短く切りながら見ていこう。
《雨音の変調に振り向くと、ベランダで雹(ひょう)が踊っていた。白い粒の吹きだまりをすくい、はるか上空の寒気を想像する。しかし両手に山盛りの氷は、猛威の端で起きた異変にすぎなかった》
この文章は、コラムニストがベランダで雹を見つければ簡単に書ける。
《大型連休の最終日、関東地方を異常気象が見舞った。茨城県つくば市や栃木県真岡(もおか)市で竜巻が発生、1人が亡くなり、50人超が重軽傷を負った。建物の損壊は計1500棟を超す。最大級の竜巻被害である》
この3文は、新聞の記事から引いている。
《関東ではその時、湿気を含んだ南の暖気が低空に流れ込んでいた。上空との温度差は上昇気流を生み、巨大な積乱雲となる。その底から雹が降り、雷がとどろき、竜巻が起こる。神出鬼没の巨竜は悪意を宿したように、家財を巻き上げ、駆け抜けた》
この4文は、天気予報の欄から引用できる。「神出鬼没の巨竜は悪意を宿したように」なんて、昔の森村誠一のようでとても臭い文章だ。いただけない。
《世界的には米国の真ん中あたり、オクラホマ、カンザス、ミズーリ州などが「竜巻銀座」として知られる。逃げ込むための地下室を備えた住宅も多いそうだ。だが面積あたりの発生数では、関東平野も大して違わないらしい》
この話は目新しいものではない。「竜巻銀座」なんて手垢がついている。
《800年前に書かれた「方丈記」に、春の京を襲った「辻風」の記録が残る。〈三四町を吹きまくる間に、こもれる家ども、大きなるも小さきも一つとして破れざるはなし〉。地震や津波と同様、竜巻は昔から人の都合にお構いなく暴れてきた。文明が巡り合わせ、被害が刻まれる》
ここは前述したとおり「方丈記」の引用だ。コラム氏は「これで決まった」と思ったのだろうが、甘い。
《連休中、中高年登山者の悲劇も相次いだ。季節が移ろうこの時期、天の気まぐれに山も里もない。ひとたび牙をむいた自然の前で、悔しいけれど、人は飛べず泳げずの、弱き生き物に返る。》
ここは最後のまとめの段である。うまくまとめればいいのだが、当たり前に、連休中の山の遭難に触れ、人間の無力さを嘆き、尻切れに終わる。これで6万円也。朝日新聞のコラム書きは気楽な稼業ときたも〜んだ♪