爺さま伝説

 ワシャは書庫に住んでいる。ワシャんちに来たことのある方はご存じだろうが、かつては家の北側の二部屋が書斎と書庫(物置ともいう)になっていた。ところがその後の本の増殖により、書斎も書庫になりはてた。それでも本は増え続ける。そのため1階北側にある書庫に隣接した納戸も本が占領した。さらに本は増える。ついに別棟の一室もワシャの本が進出してしまった。そんな状況なんですね。
 蔵書自慢をしているのではない。本がいくら増えたって、知識がいっこうに増えず、アホのままなのだから困ったものだ。ただ「本棚は外部脳」という考え方もあって、師匠の薦めで「レファレンス本」を必死に収集した結果、大方の調べ物は自宅でできるようになった。とくに歌舞伎関係では市内にある図書館よりも資料が充実している。これはちょっと自慢(笑)。

 さて、本で埋まった部屋を持て余し気味のワシャだが、ちょっとした夢がある。
 それはね。ワシャがジジイになって、孫でもできたと思ってくんなまし。

 まず、お盆にワシャんちにやって来る孫たちにはある伝説を流しておく。
「どうやらおじいちゃんの書斎には幽霊が出るらしい」
 そうすればいたずらな子供たちは近づかないからね。でも、きっと一番好奇心の旺盛なヤツが絶対に現われる。書斎のまわりで遊んでいると叱られるので、外に出て窓の下などでウスバカゲロウの巣をつついたりして遊んでいるのだ。小学校1年生くらいがちょうどいい。
 そこにワシャが声をかける。
「なにしているの」
 孫は開かずの書斎の窓が開いてワシャが顔を出しているので驚くだろう。
「おじいちゃん」
「こっちへくるかい」
「オバケはでない?」
「さぁどうかな」
 笑うワシャを見て孫は躊躇しますな。
「おいでよ」
 2度目の誘いでようやく孫はうなづくのだった。
ワシャは孫を抱きかかえて、窓から書斎にいざなうのである。
 部屋は普段閉めきってあるのでかび臭い。それに北向きだから暗く、本やら資料やらが山積みになっているので、なんとなく不気味だ。それにこの日のために買っておいた伎楽面やら頭蓋骨の標本などをレイアウトしてあるので、小さな子供にはちょいと怖い空間になっているかもしれない。孫が緊張しているのがわかる。
 ワシャはそんな孫を見ながら、ギシギシと音のする木製のチェアに腰をおろして、王位継承が大規模な対立となった壬申の乱について孫に語って聞かせるのだった。
 もちろん孫はそんな話退屈だから、北の窓から入ってくる涼風に心地よい午睡に入ってしまうだろう。そうなったらしめたもので、ワシャは孫を抱きかかえて居間に移動して、そこに孫を寝かせてる。ワシャは、書斎にもどって戸締りをして、た〜れも中に入れぬようにして、さっさっと飲みに出かけてしまうのだった。
 目を覚ました孫は、おじいちゃんの書斎でのことが夢であったのかどうか、きっとそれは不思議な体験として思い出になると思う。
 
 夕方、孫たちは、それぞれの家に帰っていきますわな。ワシャは飲みに行っているので会えないが、ワシャに関する伝説はまた謎めいてくるのであった。ムフフフフ……。
 出勤前の朝っぱらから、こんなことを妄想しているワシャはアホですな。