大安般守意経

 五木寛之を読み返している。平成23年に出版された『下山の思想』(幻冬舎新書)である。その中に「いま死と病を考える」という章があり、ブッダの呼吸法を解説する「大安般守意経」(だいあんばんしゅいきょう)について触れている。以前に読んだ時には、読み飛ばしていたんだな。他のところには付箋が付いているのだが、ここには貼ってない。今回は、この「大安般守意経」が気に留まった。
 ワシャは仏教系の書籍を何冊か持っている。その中に『佛教聖典』(三省堂)がある。そこには120余の経典が載っているのだが、残念ながら「大安般守意経」なるものはなかった。他の書籍にも見当たらない。では『下山の思想』に語ってもらおう。
《「アナパーナ・サティ・スートラ」という教えは、中国で「大安般守意経」と訳されたひらたくいえば、これは「呼吸のしかた」「息をする上での注意」「呼吸の心得」といった意味だ》
 ふ〜ん、おもしろそうじゃん。
 ということで、早速、「大安般守意経」の解説本の『ブッダの〈呼吸〉の瞑想』(野草社)を見つけた。
 なるほど、この本に依れば、「大安般守意経」とは「呼吸による完全な気づきの経典」という意味なのだそうな。
 その内容は、ワシャらが普段意識せずに繰り返している「呼吸」に気づくことで、自らの身体、生理現象、さまざまな動作、ネガティブな思い、快や不快の感覚など、日常のあらゆることが瞑想にできると説く。
あらためて考えれば、禅においても、丹田(ヘソの下7〜10cm)による吸息、呼息が重要だと言われている。というか丹田呼吸法の発見者は、そもそもブッダなのである。
 高田明和『一日10分の座禅入門』(角川oneテーマ21)は、医師の立場から座禅を薦めている良書で、その中でも丹田呼吸法の大切さが語られている。
《実際には鼻で息をしている、つまり空気は鼻から肺に入り、肺から鼻に押し出されるのですが、意識では足心から息が出入りすると思うのです。》
 足心というのは土踏まずの中心あたりのことね。
《すると、実際に足心で呼吸しているようになります。同時に心が下に下がり、丹田にも息が集り、気持ちも落ち着き、意欲も増し、元気あふれるようになってきます。》
 そういえば学生の頃に習っていた少林寺拳法でも「調息」という呼吸法があって、これが精神の安定に随分と役に立った記憶がある。
 また、『下山の思想』にもどるけれど、この中に職業別長寿率というものが出てくる。それによれば、トップは宗教家なのだそうな。考えてみれば、釈迦は80歳まで生きている。紀元前400年ごろの人である。医療、衛生などという観念も確立されていない遠い時代、それに若い時分に、修行という難行苦行を続け身体をいじめ続けてもいた。諸条件が現代人に比べて劣悪であったにも関わらず80歳まで生きている。大長寿と言っていい。
 その他にも、法然が80歳、蓮如85歳、親鸞90歳、一休87歳、快川紹喜80歳、天海107歳、売茶翁88歳、白隠83歳、慈雲86歳、木喰行道92歳……などなどいくらでも例が挙げられる。平均寿命が40〜50と言われていた時代に僧侶の長命は顕著だ。
 これは、彼らが修行の一環として「呼吸法」を会得していたからではないか。そのことを実践したからこそ、長い寿命を誇ったのではなかろうか。
こいつはちょいと調べてみる価値がありそうだなぁ。