つながることがおもしろい

 名バイプレーヤーの夏八木勲さんが亡くなられた。
http://mainichi.jp/select/news/20130512k0000e040167000c.html
 上記のニュースでは「白昼の死角」や「十一人の侍」などが挙げられていたが、ワシャ的には「野生の証明」の夏木刑事、「八墓村」の落武者などが印象に残っている。

 土曜日のBSフジで「さらば鬼平犯科帳スペシャル」を放映していた。サブタイトルが「鬼平死す」で、一応、スペシャル用の簡単な物語はあるのだが、ほぼ全編にわたって過去の作品の回想となっている。なにしろ右下に回ごとの題が示されるのだから、作り手のほうも「ファンにも昔の思い出にひたってもらおう」てなことでしょう。今は亡き名優たちがこぞって画面に登場してくれるのは悪くない。
 その中に、夏八木さんもいた。1990年12月放送の「本門寺暮雪」という作品に登場している。これはシリーズの中でも傑作に数えられる作品で、もちろん夏八木さんの人のいい浪人役がいい味を添えていた。
 そうそう、同じスペシャルの中で、牙儈(すあい)女のおろくが登場する。牙儈女というのは、一種の娼婦と思ってもらえばいいが、鬼平が若かりし頃に世話になった女という設定である。その役を、73歳(当時)の山田五十鈴がやっている。これがなかなか艶っぽいのである。46歳の中村吉右衛門を相手に蓮っ葉だがいい女っぷりを見せてくれる。すごい女優だと思った……ところで、なにかがワシャの記憶に引っかかった。
「すごい女優なの?」と誰かが囁いてくるのである。ううむ、最近、どこかで山田五十鈴の話を読んだような気がする。どこでだったっけ。
 ここ2〜3日で読んだ本を選り出して、付箋をうったところを確認する。ない。次は、読んだところを見返してみる。そしてようやく見つけた。あ〜よかった。
 岩波書店のPR誌『図書』5月号に、芸能史研究家の山路興造氏が「小沢昭一的芸能史」という文章を寄稿しており、その冒頭で山田五十鈴のことに触れていたのだ。
《山田は熊本二本木の遊郭で育った新派の役者山田九州男を父に、大阪の芸者を母に持ち、大河内伝次郎の相手役としてデビューし、映画畑で活躍したが、やはり女優というより女役者であった……》
 この文章が脳裏のどこかにくっついていたんですね。そうか、73歳で、46歳の吉衛門にしなだれかかる時の手の指の使い方、これは女優の演技ではなく、役者の演技であったか。わかったようなわからないような(笑)。でもね、あんな指の使い方は、今どきの女優ではできねぇだろうなぁ。
 山田五十鈴が登場するのは「むかしの女」というドラマ30作目である。この出演のオファーが山田のもとに届いたとき、山田は出演を即答したという。山田が池波正太郎を尊敬していたことはつとに有名で、池波作品であるならどんな役でも受けるつもりだったらしい。

 そのスペシャルの間に挟まっているCMで、出光美術館の広告が流れた。4月6日(土)〜5月19日(日)まで「土佐光吉没後400年記念 源氏絵と伊勢絵」の展示会を開催しているそうだ。ふ〜ん……うむむむ、また、なにかが引っ掛かった。「源氏絵と伊勢絵」という言葉、厳密に言うと、「源氏」「伊勢」という並列の記載をどこかで目にしている。気になりだすと、いてもたってもいられませんぞ。またもやここ2〜3日で読んだ本をひっくり返す羽目になった。こんなことばっかりやっているんですね。
 今度は楽に見つかった。5月11日の日記に刈谷城のことを書いている。その時に、宮城谷昌光『古城の風景』(新潮社)の関係部分を参考までに読んだ。その時に「源氏」「伊勢」という言葉に接していた。宮城谷さんが、知立市の八橋を訪なった時の文章である。『十六夜日記』の「さゝがにの蜘蛛手危うき八橋を夕暮れかけて渡ぬる哉」を引いてこう続ける。
《八橋に橋はあったようであるが、実際にその橋を渡ったかどうかはわからない。杜若については、まったくふれていないので、やはり消滅していたのであろう。私は『源氏物語』は苦手だが、『伊勢物語』は好きであったので、いちどはその歌の名所に行ってみたいとおもっていた。》
 情報をためていると、こういった糊代のような部分があって、そこが知識と知識を接着してくれることがある。これがとてもうれしい。