イベントの裏側

 昨日、とあるイベントが成功裏に終わったことと、準備には3ヶ月がかかったをお知らせした。準備といっても、会場の準備などは、ホテルに任せてあるので、もっぱらワシャらのやることは、出演者との交渉や進行台本の整備といったこところである。でもね、この出演交渉というのがけっこう大変だ。これが時間のかかる最大の要因と言ってもいい。
我が社は二次下請けなのだが、愛知県全域をおさえる元請会社の社長を、第2部のパネラーに引っ張り出すのが一苦労だった。まず事務方に相談に行ったのだが、けんもほろろに断られた。「社長のスケジュールは3か月以上前に取らなければならない」というルールがあるのだそうな。これを楯にされ、門前払いをくらってしまった。
元請の社長は西三河の出身の人である。とくに我社とは長い付き合いをしてくれている。気が向けば小さな会合にも気持ちよく参加してくれる。スケジュールさえ空いていれば、かならずイベントに出席してくれるはずなのだが……元請会社の官僚的組織にそれを阻まれた格好だ。
 しかし、諦めなかった。事務方を通してダメならば、「直接、頼んじゃえ」ということになった。とあるルートを使って社長にお願いしたところ「いいよ」とすんなりOKをいただく。そのことを事務方に連絡すると、そりゃ叱られますわなぁ。でも、事務方がどれだけ嫌がっても本人が参加するって言っているのだから仕方がない。
 その他のパネラーについても、ひとつずつ押さえていく。元請の社長以外は、すんなりと決まったほうだと思う。
 ところが1部の基調講演をお願いする某氏がとにかく面倒くさい人物だった。
「電話でのご連絡には応じません。すべてメールでお願いします」
「直接会っての事前打ち合わせはいたしません。当日の15分前に会場入りしますので、そこで何かあれば打ち合わせをお願いします」
「タバコの煙に曝されると気絶します。私の行動範囲からタバコというタバコを排除してください」
「配布資料は出しません。事前に講演の内容を教えることもありません。パワーポイントのデータは当日持参します」
 このために基調講演については、なんの準備もできなかった。だが、手をこまねいてばかりはいられない。その人の著作を何冊か読みこんで、概ねこんな話の展開になるのではないか、ということで想定質問や、2部のパネルディスカッションのシナリオを作成した。これも何とかこちらの思惑どおりに運ぶことができ、ホッと胸をなでおろしたものである。
 さて、問題は別のところから起きた。会場準備である。こちらのほうはホテル側にすべての要望を文書で渡してある。しかし、1週間前に最終確認で会場を訪れると、いろいろな不具合が生じていることがわかった。
 まず、パソコンのケーブルが短くて、指定の位置でのパソコン操作ができない。5人でパネルディスカッションをすると言ってあるのに、舞台が狭い。マイクの本数が不足している。客席が狭い。そんなこと詳細な図面が渡してあるのだから、ぴったりと決めておけよ。そのことごとくにダメ出しをするのだが、担当者が若い女性だったからか、いちいちケータイで別室にいる上司にお伺いを立てているから、なかなか話が進まない。
「講師の控室を拝見できますか?」というオーダーも4回言わなければ通じなかった。ようやくそこに行ってみれば、控室がタバコ臭い。これでは講師が気絶してしまう。そのことを指摘すると、またケータイを掛けるのだった。だったら判断が下せる上司が直接対応しろよ。面倒くさいな。
 当日も当日で、イベント自体は大成功で、講師、パネラー、出席者の方々にはスムーズな進行を感じてもらえたものと自負している。
 でもね、裏側では大変だった。このホテル、西三河では上等なホテルの一つなのだが、スタッフが若すぎる。きっちりとしたフロアマネージャーのような人物がいない。今どきのニーチャン、ネーチャンがそれなりの格好をして立っているだけだった。
 レスポンスの悪さは、最後まで変わらなかった。
 イベント当日、主催者側になんの連絡もなく講師控室の場所を変更していた。打ち合わせの時に示された控室から、離れた奥まった場所に替わっている。関係者にはすでに控室の場所は連絡してあるのだ。当日になって変更などありえない。「なぜだ!」と追及すると、またケータイだ。そしてもごもごしゃべった後にこう開き直った。
「別のお客様から部屋を替えてくれというお話しがありましたので……」
 言いわけねえだろう。そんなこと、こちらサイドに相談もなく替えていいものかどうかの判断もつかないのか。ワシャらの予定していたエレベータ前の控室にはすでにマルチ商法かなんかの事務局が陣取っており、今からの変更はできないとのことでスタッフは形式的に頭を下げただけで去っていった。
 ふ〜ん、マルチ商法まがいの方がこのホテルを頻繁に使うから常連ということなんだよね。だから単発のワシャらのイベントなどどうでもいい、そういった姿勢がありありと見えるのだった。
 そして、そのマルチ商法と会場フロアが一緒になってしまった。「地域の将来を考える」というテーマで講演会、パネルディスカッションをする横に、色とりどりの旗がロビーせましと並べられよれよれの老人を掻き集めての、健康食品、健康グッズ、健康蒲団などのたたき売りである。磁気ネックレスが20万から100万円というから凄い商売だな。
 マルチ旗がロビーの半ばまで侵食しているので、ロビーの奥にあるトイレが使いづらい。そのことをホテルスタッフに告げると「使っていいですよ」と言う。いやいや「使いづらいからなんとかしろ」って言っているのだ。「大丈夫です。使えますから」と答える。言葉が通じない。
 舞台に飾る花も到着したのが開始早々だったし、後方に広いスペースがあるにも関わらず、300席の椅子はつんだつんだになっている。立ち見まででるほどの盛況だったのだが、「立っている人に椅子を出してくれないか」と頼んでも、ケータイをしてから「もうありません」の一点張り。
 ホテル側の瑕疵は、上げていけばきりがない。それらを我社のスタッフがひとつひとつ繕いながらお客さんにはなるべく気づかれないように、イベントを終了したのだった。