書庫の掃除をしていて古い雑誌を掘り出した。2000年1月の『演劇界』である。グラビアの最初のページは十二代目團十郎が演じる馬場三郎兵衛。演目は「大杯觴酒戦強者」(おおさかづきしゅせんのつわもの)というもの。大酒呑みの足軽が、井伊掃部頭と飲み比べをして実はとんでもない勇者だったことが明るみに。そして掃部頭に仕官を所望されるが断って、自家にて大出世をするというめでたい話でそうろう。團十郎丈のお元気な顔が懐かしい。
グラビアを1枚めくると、今度は三代目猿之助の「奥州安達原」の男雛のような安倍貞任である。「澤瀉屋!」と思わず声を出してしまったくらい決まっている。
次のページには「籠釣瓶花街酔醒」(かごつるべさとのえいざめ)の佐野次郎左衛門が刀を構えて立つ。演じるは、十八代目勘三郎(この時点では勘九郎)である。
さらに「石橋」(しゃっきょう)の富十郎。「手習子」の雀右衛門。もちろん芝翫もあちこちに載っている。
この名役者たちが、彼岸へと旅立った。彼岸の劇場はさぞかし大入りであろうよ。
さらに古い『演劇界』があった。24年前のものだ。
特集は「十二俳優夢の共演者を探る」である。その役者のラインナップをみると、雀右衛門、芝翫、富十郎、猿之助、團十郎……となっている。残念ながら五代目勘九郎は名前が挙がっていないけれど、グラビアの最初は、勘九郎の「鏡獅子」の小姓弥生だった。
四半世紀も前から歌舞伎を背負ってきた名優たちが、ことごとく五代目歌舞伎座の板を踏めなかった。踏めなかった役者たちも心残りだろうが、それを観られなかった歌舞伎ファンも淋しい。
日本の読書人口は5%だと言われている。100人に95人は本を読まない。だから、人に差をつけるのに読書は有効だということだ。5%としても、それでも600万人はいる勘定になる。
4月2日の、NHKのクローズアップ現代で「歌舞伎新時代“日本文化”の行方」と題する放送があった。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3327.html
その中で歌舞伎座の観客動員数が年間90万人だということを知った。
「え、そんなものか」
というのが正直な感想である。これはかなり危険な数字といっていい。だって、歌舞伎座は1年中やっている。12回公演の合計数字が90万人。だいたい、歌舞伎はコアなファンが多い。つまり、90万人といっても、毎月毎月歌舞伎座に足を運んでいる人が多いのでかなり重複している。実数としてはもっと少ない。
もちろん歌舞伎座だけではない。新橋演舞場もあれば、国立劇場、南座、博多座、金丸座、御園座などなどあるはある。しかし、やはりコアなファンがいて、彼らは1公演でも二度三度、あるいはもっと通うだろう。ワシャだって御園座さよなら公演に二度行ったし、ワシャの歌舞伎仲間は三度行っている。 どうであろう。歌舞伎ファンと呼べる人間が全国に200万人いるかどうか。
ファンの減少とともに、大看板の喪失も心配である。鬼才三代目猿之助、サービス精神の塊十八代目勘三郎、そして宗家十二代目團十郎は、歌舞伎の隆盛に必須のメンバーだった。この三人が、あと10年健在なら、あるいは21世紀の歌舞伎は世界に雄飛していただろう。
ワシャは一ファンとして細々と支援していくしかないけれども、歌舞伎を能や文楽のような伝統文化にしてしまってはいけない。民衆が支えてこその歌舞伎である。玉三郎丈、お願いしますよ。仁左衛門、菊五郎、幸四郎、吉衛門、梅玉の皆さん、あなたたちの大化けに期待しています。どうぞ、歌舞伎を守り通してくだされ。