サガミと総合病院

 ワシャが腰痛戦隊ヘルニアンであることは、日記を読んでいただいている多くの皆さんが知っていると思う。サッカーとスキーとドラム缶運びのアルバイトで腰を痛めてしまった。勉強だけしていればよかったなぁ(笑)。
 このために1カ月に1度、総合病院に通っている。最悪の時にその病院で「ブロック根注射」をしてもらった。その時に処方されたモーラスパップという経費鎮痛消炎剤(湿布)が肌にあったのである。町医者なら仕事帰りに寄ることもできるので、そこで処方される他の湿布薬も何種類か試してみたが、どれもが3枚ほど貼付すると、かぶれてくる。だから肌に合う久光製薬の湿布が無くなりそうになると総合病院に足を運ぶ。
 もちろん総合病院は面倒くさい。朝7時30分には受付に並ぶ必要がある。ワシャのようなサラリーマンは仕事に行かなければならないので、病院のロビーで寛いでいる暇はない。7時30分に並んでようやく診療開始の午前8時30分の第2集団に入り込めるくらい。それでも、診察、支払い、薬をもらうと9時を過ぎてしまう。出勤すると午前10時というのは当たり前だった。概ね2時間半の大仕事だ。
 その日も同様だった。受付を済ませ、診療開始の時間が来るまで、外のロビーで本を読んでいた。午前8時30分少し前に、看護婦さんが現われて、名前を呼び始める。やはり第2集団で、ワシャの名前が呼ばれた。
「中の待合室でお待ちください」
 もう何年も通っているので慣れている。そこで待つことしばし。外来診療に担当医師名を確認すると、いつもは若いバイトのような医師なのだが、今日は主任だった。あ、ブロック根注射をしてくれた先生だな。
 診療室の中から医師がマイクで名前を呼ぶ。ドアを3回ノックして「失礼します」と声をかけて診療室に入る。患者としてはワシャは丁寧なほうだと思う。
 医師はモニターの画面を凝視している。医師の横にある丸椅子に座れとも言わない。その状態で開口一番こう言ったのである。
「あのね、おたくみたいに薬だけもらいに来る人、困るんですよね。前回もそうでしょ。ここは総合病院だからもっと重篤な患者を診なければならないのよ」
重篤?待合を見る限りそれほど重篤な整形外科の患者がいるようには思えませんが」
 とは、さすがにワシャも大人なので言わない。
「処方箋を書いてほしいだけなんだもんな……」
 医師は口の中でごにょごにょ言っている。
 上記に書いたように、ワシャだって楽な方がいい。だから、近所にある整形外科にはあちこち通った。しかし、どの整形外科でもモーラスパップを処方してくれるところはなかった。そんなことを立ったまま、縷々説明をする。
 件の医師の疑り深そうな目は「あんた、本当に町医者に行っているの?」と言っている。目は口ほどにモノを言うのだ。ひととおりジロジロとワシャを見回した後に、「その医院名は?」と聞く。
「A整形外科、B医院、Cクリニック……」と通った整形外科をいくつか並べる。
「そういうところでもらってよ」
 面倒くさいという感情がありありと医師の表情に出ている。
「でもね、先生。そういったところで処方される湿布はモーラスパップではないんですよ。モーラスパップでないとかぶれてしまうんです」
 ワシャはそう繰り返した。
「わかったわかった……」
 主任医師は蠅でも追い払うように手をひらひらと動かした。
「A整形外科?B医院……ちょっと電話してみるから、外に出て待ってて」
 ワシャは言われるままに、外の待合に出て、待つことかなり。いつもなら支払いを済ませて薬を受け取っている頃、ようやく名前が呼ばれた。
 再び診療室に入って、不機嫌な医師と対面した。
「A整形外科にモーラスパップあるってよ」
「あそうですか、久光製薬のですよね」
「決まってんじゃん。モーラスパップは1種類しかないの。それがあるんだからそっちでもらって」
「以前にA整形でいただいた湿布はモーラスパップではなかったですが」
「あるって言っているじゃない。紹介状書こうか」
「いえ、あるならもちろん診察券も持っていますので直接A整形にお邪魔してみます」
「そうして」
 ワシャが礼をして部屋から出ていこうとすると、医師は背中にこう投げかけた。
「あ、今日は湿布出しておくから」
「ありがとうございます」

 診療室を後にして、会計を済ませ、薬の窓口に並ぶ。
 もらえた湿布は5袋だけだった。多いときには20袋もらったものである。その時のインターンは「何度も来るのは面倒くさいですもんね」と笑顔で処方してくれたものだ。それから、病院の方針が変わったとかで、10袋になり、度々、病院に行けないので、湿布を半分に切って2度使いをしてしのいでいた。前回も10袋もらっている。そのことはカルテに記載されてある。しかし、この主任医師は、そのことを百も承知で5袋を処方してくれた。
 でもね、あの医師の対応を見ていれば、多分そんなことだろうと予想していたので、とくに驚きもしなかった。
 この総合病院は患者へのサービス向上ということで一所懸命に頑張っている。事務員たちは玄関に立って入ってくる患者を笑顔で迎えくれる。自動受付にも係がついて、懇切丁寧にガイダンスを行う様子は気の利いたホテルのようだ。
 しかし、病院のヒエラルキーの中で一番上位にいる医師の、それもごく少数の横柄な輩がそれらの努力をすべて吹き飛ばしてしまう。たとえば、その主任医師はワシャに笑顔を見せるどころか(見たくもないけど)、つねに眉間にしわをよせてイラついた態度に終始した。
 ワシャは何か悪いことでもしているのだろうか。受付に「お薬だけの患者さんも診察をお受けください」って書いてあるじゃないか。それに従ったまでだし、ワシャの腰痛は仮病じゃない。
 全てのスタッフが、その会社の、そのホテルの、その病院の顔である。ワシャはそんな力を持った人間ではないけれど、もし、その病院の出資者の一人がそういう扱いを受けたらどうだろう。絶対に高額医療機器の購入などには賛同しないと思いますぞ。その医師もバカではないだろうから、そういった特別の人には特別の笑顔を用意していたりして(笑)。

 さて、病院からの帰りが遅くなってしまった。どこかで飯を食わなければいけない。もちろん昼飯は蕎麦がいい。といってこのあたりに気の利いた蕎麦屋などないからなぁ……。仕方がないので「サガミ」
http://www.sagami.co.jp/sagami/
に入ることにした。チェーン店ですが、店舗ごとに微妙に蕎麦の味が違っていて、美味しいところは美味しいのである。
 で、美味しい店に行ってザルを2枚とろろで食った。食後、胃薬を飲もうと薬包をテーブルに置いていたら、水がすっと出てきた。頼んでもいないのに。
 客席係の女の子が、薬包を目ざとく見つけて、「それならばお水がいるわね」と機転を効かせて持ってきてくれたのである。ワシャはお茶で薬を流し込もうと思っていたが、もちろんありがたく1杯の水をいただいたのである。
 この女の子の爪の垢を件の医師に飲ませてやりたいものだ。おっと、処方箋がないと薬は出せないか。