語彙力

 古事記の中つ巻、景行天皇の章に「倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭うるはし」という歌がある。
訳は「大和は国々の中でもそれは良いところである。重なり合って、青い垣をめぐらしたような山々に囲まれた大和は美しい国だ」といったところか。

 井上靖監修『私の古寺巡礼』(光文社)を読んでいた。その中に「高野山管見――金剛峰寺」という司馬さんの文章がある。
《大門のむこうは、天である。山なみがひくくたたなずき、四季四時の虚空がひどく大きい。》
 いい文章だ。しかし、山なみがひくくたたなずきますか……。たたなずくんですよ、山なみが(自嘲)。
 倭武尊(やまとたけるのみこと)が大和の国を思って歌った歌謡であり、めちゃめちゃ有名ですよね。でも、ワルシャワは、司馬さんの言う「たたなずく」がピンとこなかった。広辞苑で調べて《記中「――・く青垣》とあるところから、古事記の中つ巻にたどりついた。
古事記』(講談社学術文庫)は書棚にある。同じ書棚の学研の歴史群像シリーズ『古事記』の中にも「国思歌」は目立つところに載っているし、『田辺聖子古事記』(集英社)などは、この歌が大見出しになっているではないか。
 もっと言えば、小学校の時に父親に買ってもらった『日本史物語1古代の英雄たち』(偕成社)の中にもこの歌は出てくるのだ。つまり小学校4年生で「たたなずく」を見て以来、何度も目にしているはずなのだが、記憶に定着していなかった。なんと粗雑な読書であることか。

 司馬さんの文章は、ご案内のとおりとても読みやすい。しかし、司馬さんの語彙が多様であるがゆえに、不勉強なワシャは辞書を片手に読むということもしばしばである。
高野山管見――金剛峰寺」の取っ掛かりでも、「幽邃(ゆうすい)」「四時(しいじ)」「勤仕(ごんじ)」といった言葉がならぶ。もちろん前後の文章から意味は類推できるが、ワシャが文章を書いていて、すっと出てくる言葉ではない。
 知の巨人の司馬さんと互角に勝負しようとしたって、それはどだい無理な話だ。そんなことは重々承知をしている。でもねぇ、もう少し語彙力が欲しいなぁ。