三月大歌舞伎

 平成23年1月3日、中村富十郎
 平成23年10月10日、中村 芝翫
 平成24年2月23日、中村雀右衛門
 平成24年12月5日、中村勘三郎
 平成25年2月3日、市川團十郎

 わずか2年ほどの間に人間国宝が3人、大看板が2人死去した。この他に、市川猿之助が役者生命を断たれる障害を持ち、市川海老蔵が半グレに殺されかけ、市川染五郎が奈落に転落して死にかけた。歌舞伎界に不吉なことが多すぎる。真偽はともかくも「歌舞伎座の呪い」ということで人口に膾炙している。

 元々歌舞伎界というのは古い因習に支配されている世界である。例えば四谷怪談をかけるときには、お岩稲荷に役者たちが詣でて舞台の安全を祈願する。いろいろな場面で神事や仏事が色濃く残る、まさに伝統の文化なのだ。そういったコミュニティの中で、 今回の事態は、緊急事態と言っていい。
 松竹が、営利優先で、ビルを建設するために、旧歌舞伎座の背後にあった稲荷を潰してしまったからだとか、あるいはそのビルが新歌舞伎座と相まって墓石のように見えるからだとか、言われているけれど、どちらにしても江戸から続く伝統文化故に、こういった凶事が続くというのは、役者たちに大きなプレッシャーになってくるだろう。
 お祓いでもなんでもやって、ここで食い止めてほしいものだ。

 気を取り直そう。
「御名残御園座」と銘打って、御園座最後の三月大歌舞伎が来月にある。平成24年6月に始まった猿翁、猿之助、中車、団子襲名披露のフィナーレとなる。演目は、猿之助家の十八番である「宙乗り千本桜」、猿翁十種の「黒塚」、初世猿翁が岡本綺堂に頼み込んで舞台に掛けた「小栗栖の長兵衛」などである。
 ワシャはこの「小栗栖の長兵衛」が初見なのじゃ。市川右近市川段四郎が演っているらしいが観ていない。
物語は、天正10年(1582)の山崎の合戦で敗れた明智光秀が大亀谷からこの地に差し掛かって土民の手にかかり敗死した史実を基に作られた。
 主人公は、小栗栖村に住む乱暴者の長兵衛。「蝮」とあだ名される村のつまはじき者である。目に余る狼藉で、簀巻きにされ川に投げ込まれる寸前、長兵衛がたまたま討った落武者が敵将明智光秀と判明。とたんに、村一番の英雄、出世者と祭り上げられる。
長兵衛は村の皆に見送られ、意気揚々と秀吉の陣のある京へと向かう、というたわいもない話。
 この話、さっきも言ったけれど、岡本綺堂大正8年に書いた新歌舞伎である。それを初世猿翁が頼み込んで明治座に掛けさせてもらい、大当たりをとる。それ以降、猿之助の家の芸になった。
 嫌われ者が、光秀を討ったことで、一躍ヒーローに祭り上げられるという、浮薄な大衆心理を風刺した作品と言われているが、惜しむらく風刺の底が浅く、岡本綺堂の台本としては二流の出来だ。それでも人気狂言となったのは、一重に猿翁の腕であった。
 この難しい役を香川照之がどうこなすか、これは見どころと言っていい。