嫌いな人

 最近はそれでも少なくなってきたが、たまに宴席で女性に絡む品のない輩がいる。ワシャが同席している場合は、そういった下劣野郎には必ず鉄拳制裁をしてきた。それは上司、先輩に関わらずである。だから、ワシャがいるとそういった男どもは居心地が悪そうにしていることが多い。
 自慢するわけではないが(ちょっと自慢かも)、ワシャは女性を買ったことがない。一度だけキャバレーみたいなところに連れて行かれたことがあった。その時、隣についたホステスがワシャの太股あたりを撫でてきたので「触るな!」と一喝して泣かせてしまったことがあったものだ。ワシャは情報の交流がない女性との会話があまり得意ではない。話さえうまく交わせないのに肌の接触などとんでもない話である。
 しかし、女性をモノとして見ることのできる種類の男も存在する。そういった輩は酔いを逃げ道にして、同席した女性にべたべたと手を出す。セクハラである。この手のセクハラ野郎は相手の気持ちが慮れない欠陥者が多い。ワシャはそういう神経のない男が極めて嫌いなのである。
 こういった男は女性ばかりに無神経ではない。男性でも下位者に対して傍若無人な振る舞いにおよぶ。

 ある先輩である。年齢的には8つほど上になるか。会社の冬の旅行でスキーに行った。その先輩はスキー部の幹部らしく、ツアーの間じゅう威張り散らしていた。
 でもね(笑)、ワシャのグループには手を出してこないんですね。実はその2年ほど前に、ワシャがスキー部に入る入らないで、当時のスキー部の役員連中と大喧嘩をしたのだった。自慢ではないが(ちょっと自慢かも)、中学の頃から喧嘩をしてきた。場数ということでは、その先輩の比ではない。
ワシャとその先輩の間で、どうだろう、飲み屋で都合10回ほどやりあっただろうか。といってもむこうに手を出してくるほどの根性はなく、もっぱら酒を引っかけたり、おしぼりをぶつけてきたり、イヤミを言ったりというセコイ攻め方である。
 そんな攻撃は屁でもないわさ。ワシャは大声を張り上げて、その先輩が気にしていること、性格の欠陥などをことさら誇張して、それも機関銃のように撃ち続ける。なにか反論してきても、その上に声をおっかぶせてまくしたてる。声のでかさと、悪口のボキャブラリーの豊富さがワシャの武器である。大声で相手を圧倒し、相手からの攻撃には一切ひるまない。10回ほどで、その先輩も学習したようだ。普通なら10回もかからずにわかるものなのだが、この人、なかなか理解してくれない。「真性の阿呆か」と思ったものである。

 いつもどおり話が逸れまくってしまった。軌道修正をする。
 スキーツアーの話だった。バスの中は40人くらいの社員で埋まっていた。後部のシートがその先輩を中心とした傍若無人チーム。前よりがワシャを中心とした若手の集団だった。
 最後部のシートに牢名主のようにふんぞり返って、「おい、酒がねえぞ」とか喚いているのが、件の先輩。ワシャらの仲間は、ワシャとその先輩の関係を知っているので、誰も反応しない。そこでバレー部だかの後輩を呼びつけて「買ってこい」とか言ってやんの。
 スキーツアーですでに山道に差し掛かっている。そんな酒を売る店があるとも思えないのだが……。
 命令をされた後輩がワシャの横の通路を通っていく。
「買いに行くの?」と声をかけると、
「とにかく外へ出て走り回らないと治まらないんで」
 と苦笑いしている。
「ほっときゃいいじゃん」
「いやー、あの先輩とは付き合いが長いんで……ワシャさんのようにはいきません」
「ごくろうなことですな」
 後輩は、バスを停めて、吹雪いている外に出ていった。5分程かなぁ、もう少し長かったかなぁ、後輩が雪まみれになって戻ってきた。通路に雪を巻きながら、件の先輩のところに行って、「ありませんでした!」と報告している。件の先輩、破顔して、
「あるわけがないじゃないか、バッカじゃないのお前、ガハハハハ」
 バカなのは、先輩、おまえだよ。

 その先輩は退職をしたのだが、まだ何かの関係があって社の飲み会に顔を出しているらしい。相変わらず、セクハラをやっているという話を風の便りに聞いた。結局、あれだけ年下の男(ワシャのことね)にバカにされ、何度も罵声を浴びせられたにも関わらず、なんの進歩もしなかったようだ。
 人間は年年歳歳、成長・進歩をしていくものだと思っていたが、そうでもない輩がいるんだなぁ。その先輩と、また、どこかでお会いしたいものだ。フッフッフッ……。