香具師のようなだみ声

安城に続いて東海道線三河安城ですが通過です。次の東刈谷も通過です。西岡崎で乗ってきた女子高生が降りないからです。そのまた次の刈谷は、亀城(きじょう)の城下町で、カリヤカメ城と、随分男らしいそり返った名前ですが、実は女子高生のフレッシュ拝見もさることながら、大府へゆくのを少々急いでおりまして、ここも通過。》
 なんだかわけの解からない文章だが、これは洒脱な怪人……間違えた俳人でした。俳人であり、作家であり、俳優だった小沢昭一さんの『小沢昭一的 東海道ちんたら旅』(新潮文庫)の一節である。
「カリヤカメ」を冷やかしたついでに、次の駅「逢妻」を「よそで奥方にバッタリ出逢ってドキーンとするお父さんのような名前」とからかう。酒落でお茶目で少しエロおやじだったけれど、いい味を醸していたなぁ。

 ワシャの得意な「男はつらいよ」では、第28作「寅次郎紙風船」に出ている。寅の古いテキヤ仲間の常次郎を怪演した。
 飲む打つ買うの三拍子がそろった常次郎。惚れた女を仲間ときそって女房にしたはいいが、ずっと苦労のかけどおし。ついには長年の不摂生がたたって病床に伏している。そこに寅次郎が見舞いに訪れドラマが展開していく。
常次郎は自分の死期を悟ったのか、寅次郎にこう言うのだった。
「万一オレが死んだらくさ、あいつば女房にしてやってくれんと」
 その声が、つぶれただみ声でホントに香具師のようだった。
 その常次郎の恋女房が光枝(音無美紀子)である。晩秋の九州秋月の川沿いをゆく寅次郎と光枝のツーショットがよかったなぁ。
 おっと、小沢昭一さんでした。寅次郎と光枝の演技が光ったのも、その前のみすぼらしい常次郎の演技があったからに他ならない。バイプレーヤーとしての小沢さんも良かった。
 もう10年以上も前のことになるが、あるイベントで小沢さんに講演をお願いしたことがある。500席の会場は満席で、立ち見も出る盛況ぶりだった。
 印象的だったのは、登場してすぐに演台に立たなかったことである。演台脇に花が設えているのだが、それを右から鑑賞したり左から眺めたり、あるいはずっと離れて見たりして、どうだろう、それだけで10分を費やした。ボソボソと独り言をつぶやきながら舞台をうろうろするだけで観客を笑いの渦に巻き込んでいく。
「この人は芸達者な人だ」と思ったものである。

 またおもしろい人物が逝ってしまった。誰がココロを明日につなげていくのだろう。