嗚呼、勘三郎

http://www.nikkei.com/article/DGXBZO49293670X01C12A2000000/
 勘三郎丈とのささやかな触れ合いのエピソード。この記事を読みながら、ユーミンの「春よ、来い」を聴いていた。和風な歌が勘三郎に合う。記事の中にある丈の写真を見て涙ぐんでしまった。ううむ、まだ勘三郎ショックから立ち直れない。

 さっき東京の友人から電話があった。久しぶりだった。5年……いやいや7年か。たまたま何年か前の年賀状に勘三郎丈の写真を使っていたのを見つけ、それにワシャが歌舞伎ファンだということを思い出し、心配して電話をしてくれたのである。多謝。

 前記の日経の記事の中の写真、若い時の三代目猿之助によく似ている。勘三郎猿之助も立役も女形もこなせる役者だった。そして革命児もあった。この二人を失ったことは、歌舞伎界にとって大きな痛手である。

 当代を見ても、昭和30年代に役者がいない。ざっと挙げてみる。勘三郎の親友の三津五郎。いい役者ではあるが、勘三郎の合い方といった位置づけで、勘三郎に比べると華がなく、立役しかこなせないという不器用さもある。時蔵、いい味ができつつあるが、女形であり、勘三郎の穴埋めをできるほどの天性のものは見えない。福助、この年代の女形の中では光っているが、やはり立ち役ができないし、勘三郎ほどの愛嬌もない。
 その下の年代はというと、松緑は舌が足らない。四代目猿之助海老蔵菊五郎などはまだ青く、染五郎では線が細すぎる。右近が出て来るには、歌舞伎界の登竜門はまだ重い。
 はてさて、歌舞伎をこよなく愛するものとしては困っている。