いやはや……意地を貫くというのは、なかなか大変なことである。
昨日、豊橋で歌舞伎があった。全国の公立文化施設協会団体が主催する巡回歌舞伎で、「公文協」と呼ばれるものである。これが歌舞伎の初心者には安くて取っつきやすい。今回は尾上菊之助を座頭にして彦三郎、梅枝、萬太郎、米吉など若手で固めた陣容だ。演目は、「近江のお兼」、「曽我綉俠御所染」(そがもようたてしのごしょぞめ)、「高坏」(たかつき)の3本。
舞踊劇の「近江のお兼」は梅枝がつとめる。席が花道のすぐ脇だったので、お兼の振る長い布晒(さらし)が目の前で波を打っている。その風が頬に当たる。この臨場感はS席ならではですな。
次の狂言が「曽我綉俠御所染」、通称は「御所五郎蔵」(ごしょのごろぞう)。主役の五郎蔵を菊之助が演じる。それにしても菊之助も大きくなった。もう堂々たる座頭である。軸は女形なのだが、五郎蔵のような白塗りの侠客も似合うねぇ。口跡もいいので、見ても聴いてもいい役者に育った。オジサンはうれしいよ(泣)。
18年前だ。同じく「公文協」の東回りコースで安城市民会館に歌舞伎がやってきた。座頭は尾上菊五郎、先代の彦三郎、萬次郎、正之助、松助、田之助、そして二十歳をこえたばかりの菊之助も登場した。ベテランから若手まで、たかがと言ったら失礼になるが、たかが「公文協」でも役者の布陣は厚かった。
12年前の「公文協」でも、座頭が勘三郎、扇雀、市蔵、七之助、亀蔵、新悟に弥十郎といった陣容だ。この後、歌舞伎はベテラン、中堅どころを次々と失っていくことになる。脳天気な歌舞伎見巧者を自称する作家は、團十郎、勘三郎、三代目猿之助などを失ったことは「危機」ではない……などとほざいておられたが、今回の「公文協」の役者をみても、確かに層は薄い。まだそれでも「公文協」だから花道脇のS席でも1万円である。これが御園座に行ってごらんなさいよ。今度の「吉例顔見世」が18年前と似たような顔ぶれで、S席が2万4000円ですぜ。菊五郎がいくら人間国宝と言ったって、もう75歳だからね。そりゃあ日の出の勢いの菊之助のほうが見ごたえがある。ちょっと御園座、ぼり過ぎではないか。
話が逸れた。昨日の歌舞伎の話だった。なにしろ菊之助がいい役者になっているということが言いたかった。
それに、中村米吉がいいねぇ。声音がまず上等だ。よく通る裏声で、口跡もはっきりしている。それになにより顔かたちが女形に合っている。梅枝はどうにも顔が長くっていけねぇ。その点、米吉は、丸顔でちょいと垂れ目のところがかわいい。まだ25歳だが、これからの精進によっては、時蔵や福助を継ぐ女形になっていくものと思っている。今回の「御所五郎蔵」では、仲裁役で最期は五郎蔵に斬られてしまう傾城(おいらん)の逢州(おうしゅう)役だった。
ワシャは米吉には街場の女が似あうと思っているが、傾城役もなかなか見事でしたぞ。
御所の五郎蔵、己の意地を通すために、世間でぎくしゃく生きている。結果として、その意地のために逢州を誤って殺害し、今回の狂言ではそこまではやらなかったが、最終的にその責をとって五郎蔵とさつき(元妻)は自害して果てる。
侍の意地、メンツにこだわり過ぎるのはどうであろうか?という疑問を投げかけるのも歌舞伎の味わいと言える。
庶民は、「そんな意地張っていないでもっと気楽に生きようぜ、侍ってバカだねぇ」と笑い飛ばすのがストレス解消になったんでしょうね。
いろいろな意味をこめて「御所五郎蔵」は見応えがあり、おもしろかった。
最後の「高坏」は大名、太郎冠者、次郎冠者の出てくる一見狂言風の舞台なのだが、これは実は六代目の菊五郎が、当時流行していたタップダンスを下駄で再現したものであった。それを菊之助がコミカルに再演した。菊之助の中に勘三郎の萌芽をみたのはおそらくワシャだけではあるまい。がんばれ〜菊之助。