「猫っ可愛がり」は猫を弱くする

 今朝の朝日新聞社会面に「学食での食事 親が把握」という見出しがあった。記事の内容は、見出しそのまま。
《一人暮らしを始めた子供の食生活は今も昔も、親の心配のタネだ。そんな親心に応えようと、学食で食べたメニューを保護者がインターネットなどで確認できるサービスが広がっている。》
 名古屋工業大学では、学生が昼食にカレーを2杯食ったことを、実家で、息子が口にしたメニューを知りたくて仕方のない祖母や母のもとに瞬時に転送する。これを確認して、「だめじゃないの!カレーばかり2杯も食べてちゃ。野菜もしっかり食べなさい」 って、携帯メールか何かをいれるのだろうか。
 過保護もここまできたか……。かつて大学生といえば大人だった。一人暮らしは、ある意味で親ばなれでもある。なにがうれしくて、飯を食うたびに子離れできない親に通報されなければいけないのだろう。そんなバカなことを許してしまっている大学生のほうも情けない。
 弱冠二十歳である。若者は、これから社会の荒波にむかって、独りで漕ぎ出して行かなければならない。
「ママ、ボクチン、ちゃんとご飯食べてるよ、バブバブ」
 大切な時期に、そんなことをやっていて強い人格が育つと思っているのか。

 かつてこんなことがあった。ワシャの職場に新人職員が配属された。隣町の中小企業の次男坊で、見るからに軟弱そうな男だった。女好きを絵に描いたような男で、ネーチャンと遊ぶことが忙しく、仕事にはあまり役に立たなかった。その杜撰な仕事ぶりを、見るに見かねた上司が注意をしたことがあった。そうしたら、翌日、そのボクちゃんの母親がその上司のところにねじ込んできたのである。
「なんでうちのボクちゃんをいじめるざーますか?いい加減にするざーます」
 窓口で大騒ぎになってしまった。同期が出世するなかので、そいつは未だに係長にすらなれない。そういうことなのである。

 親元を離れて一人暮らしをする学生にとって大学生活の4年間は、自己責任で食い、遊び、勉強する、そういった修練の場だと思う。親が子を心配するのはよくわかる。しかし、親の過剰保護は子供にとって害であることが多いことも事実だ。子供をペットのように猫っ可愛がりしている親が増加している。友達のようにまとわりついている親子を見かけませんか。
手を掛け過ぎると根腐れをおこす。子供なんてものは、ある程度の距離をおいて、厳しい環境で育てていくほうが、骨のある人間になる。なにも子供の食い物まで、調べ上げることはない。

 葉室麟『蜩の記』(祥伝社)の冒頭にこんなフレーズがある。
《親はこの世に生のある限り、子を守り、無事を祈り続けてくれるのだ。その思いに支えられて子は育つものなのだ》
 親は直截的に子に関わるのではなく、祈り続けるくらいの程合いがよいと思う。