蝸牛(かたつむり)

「点滴に うたれて籠る 蝸牛」
 パラパラと雨が降ってきた。ひょいと見ると、蝸牛が雨のしずくにうたれて、殻にこもってしまった。蝸牛は雨が好きではなかったのか。
 これは蕪村の句である。

「でんでん蟲蟲 こまい雨 今めざめたやうだナ 目の先に 目やにがホラまだ ついてるぞ」
 霧雨が降りだした。でんでん虫がアジサイの葉にでもついていたのだろう。水気を感じて、殻の中から肉(しし)がはみ出し角を出した。
 こちらは新美南吉の「でんでん蟲」という詩である。

 蕪村の蝸牛は雨に驚いて殻にこもり、南吉のデンデンムシは雨に動き出す。同じまいまいでもいろんな個性があるものだ。
 なぜ、今日、デンデンムシの話題かというと、デンデンムシは6月の季語なんですね。ほら、幼稚園の頃に、出席のシールを貼るノートがあったでしょ。あれも6月は必ずデンデンムシのシールか、あるいはデンデンムシの絵が描かれていた。

 そう言えば、子供の頃、雨の日に庭先のアジサイの葉の上をノロノロと動いているデンデンムシを見ていて飽きなかったなぁ。なにがおもしろくてずっと見守っていたのだろう。大人になると、そんな時間も取れなくなって、日々、走り回って生きているけれど、あの悠長な時間が懐かしい。

 さて、新美南吉のことである。彼は、ことのほかデンデンムシが好きだった。上記の詩の他にも、美智子皇后がご著書の中で取り上げられた「デンデンムシノ カナシミ」や「カタツムリノウタ」などデンデンムシの登場する詩は多い。
 南吉を顕彰した碑の第一号が、愛知県安城高校(旧安城女学校)の中庭にある。この碑にもデンデンムシに関わる詩が刻まれているので、関係者は「ででむし詩碑」と呼んでいる。その詩である。

  正八
 生(ア)れいでて
 舞う蝸牛(デデムシ)の
 触角(ツノ)のごと
 しづくの音に
 驚かむ
 風の光に
 ほめくべし
 花も匂はゞ
 酔ひしれむ

 何かが起きそうなので、今、この碑に注目している(笑)。