天鼓

「天鼓」という言葉がある。辞書を引けば「雷鳴、かみなりのこと」とある。天から聞こえる鼓の音……そのまんまですね。
 夢枕獏陰陽師シリーズの中に「天鼓の巻」がある。8つの短編からなっている。その中に「霹靂神(はたたがみ)」という話があり、これが「天鼓」という巻名になった。
 物語は短い。
 陰陽師安倍清明邸で、笛の名手である源博雅と琵琶の名人蝉丸法師が楽の音を競っている。遠く羅城門あたりに雷が落ちた。まもなく、博雅と蝉丸の演奏に、鞨鼓(かっこ:首から下げて使う鼓)が加わってくる。
《その童子は、首から、縄で結んだ鞨鼓を下げ、右手に木の枝を持ち、左手に鈷杵(こしょ)を握って、楽しそうに足を踏み鳴らしながら、それで鞨鼓を叩いているのである。》
 オチは、羅城門に落ちた雷が、羅城門内に安置してある童子の木造を直撃し、その像に霹靂神が宿った。遠く妙なる笛と琵琶の音が聴こえてきたので、菩薩の持っていた鞨鼓を拝借して、演奏会に参加したというもの。
 たわいもない話だが、おどろおどろしい話の多い陰陽師シリーズの中にあって、さわやかな印象を残す佳作である。
 
 他にも「天鼓」を題名にした本がある。民社党の委員長だった春日一幸の政界日記をまとめたものだ。ワシャは民社党とは縁もゆかりもないが、なぜか、この箱入り布張りの豪華な本を持っている。豪華な本なのだが、「日本の古本屋」で検索すると350円で出ているので、本としての価値はないんだろうね。
 でも、おもしろい個所もあるので、いくつか列記してみよう。
《民主政治は世論政治と言われる。しかし、その世論の正体ほど、怪しいものはない。あの「ハイル・ヒットラー」も今は狂人扱い、蒋介石大総統は蒋賊と呼ばれ、東條閣下は戦犯の元兇にされている。世論なるものはこのように、時に靡く葦のざわめきのごときものでしかないのである。》
 例えに出す人物が春日一幸ならではだが、世論のいい加減さは言い当てている。
反自民!! 反共産!! これがヒューマニストのギリギリの旗印しであり、この錦のスローガンを少しでも替えようものなら、労働者階級は一斉に左傾し、中小企業者は群がって右傾する。民社は盤石のごとく端坐して、自由と民主主義のために些かたりとも揺らいではならないのである。》

 春日一幸の若い秘書の中に、「ミャーミャーミャーミャー」言う男がいた。誰あろう、今を時めく名古屋市長の河村ミャーミャーさんである。河村さんは、若かりし頃、春日一幸の下で雑巾がけをしていたんだね。
 今回、『天鼓』を読みなおしてみて、河村さんを再認識した。「反体制」「中小企業重視」その方向性は、師の春日一幸をなぞったものであり、そこから一歩も出るものではない。ただ、師が嫌った「ポピュリズム」にははまり込んでしまった。
 さしたる内容が書いてある本だとは思わないが、それでも河村ミャーミャーさんならば、天からの雷鳴のように響くに違いない。楽の音に踊っている場合ではないと思うがいかがかな。

※能「蝉丸」について20200113

生き変り 死に変わり
魂は、絶えることなく流転していく
この世のおこないが
後の世を 悪いものにも良いものにもする
後の世の幸せを願って
人は皆 慎み 戒め 修行に勤めた

 皇子の蝉丸は生まれつきの目しいだった。これは前世の罪であろうと、父の帝は、臣の清貫に命じて、蝉丸を逢坂山に捨てて出家をさせる。そのことを不憫に思った博雅三位(はくがのさんみ)が小屋を建てて献上する。
 一方、蝉丸の姉宮の逆髪は心を乱して都を彷徨い、やがて逢坂山にやって来る。姉弟の再会が、甘美に舞台で展開する。
 最後に、互いの身の不運を嘆き合い、やがて逆髪はいずこともなく立ち去っていく。