昼下がりの銀行にて

 昨日のことである。月末にちょいと物入りがあって銀行に行った。1000万円の定期預金を解約するのである。ウソウソ(笑)。
 銀行には横の通用口から入った。お昼過ぎということだろうか、店内に客は少ない。ワシャは、CDコーナーを横切って、カウンターの中央にある順番札の発券機に向かう。
 CDコーナーを過ぎたくらいから、背後からベタベタという音がついてきた。「なんじゃ?」と振り返ると、ジャージ姿の大柄なオッサンがクロックスをベタベタと鳴らして迫ってくる。鼻の差で辛うじて発券機にはワシャのほうが先に着いた。発券ボタンを押そうとすると、オッサン、割り込んできてボタンを押し、券をもぎ取ると電光掲示板に「104番」が点灯した4番カウンターに突進していく。なんという無礼なオッサンだ。しかし、カウンター内の女性行員の視線を感じたワシャは冷静な客を装って、「ぜんぜん気にしてないもんね」とボタンを押したのだった。当然、オッサンの次に押したので「105番」だった。窓口もオッサンの隣の5番になった。ワシャの担当は笑顔のかわいい若い女性行員である。ワシャはその人に申し出た。
「あのー、定期預金を解約したいんですが」
「はい、かしこまりました」
 彼女はそう答える。
 このあたりから、隣のオッサンが声を荒げ始めたので、ワシャと女性行員の会話にオッサンの罵声が割り込んでくる。会話が少し読みづらくなるが、しばしご辛抱を。ちなみにオッサンのセリフは『 』で示す。

「証書をお持ちですか?」
『くおらぁ!なんでオレの金がおろせないんじゃぁあああ』
「持ってます」
『なんでオレの講座が使えないんだ、おう?』
「プッ」
「ご印鑑はお持ちですか?」
『おめえらの給料を払うためにオレは預金しているんじゃねえぞ』
「どの印鑑かわからなかったので全部持ってきました」
『バーロー!オレの金を返せ』
「申し訳ありませんが、6番窓口に移動させていただいてもよろしいでしょうか?」
『てめえじゃ話にならん、支店長を出せ』
「いえ、この場所のほうが楽しいのでここでいいです」
『ガオー!なんでてめえを食わせるためにオレが貯金しなければいけないんだ』
「よろしいですか?」
『クソッ!金を出せ』
「プッ、ここのほうが臨場感があって楽しいのでここでいいです」
『バカヤロウ!支店長を呼べと言っているだろう』
「印鑑が照合できました。こちらでよろしいです」
 グワッシャーン!!
「ではお願いします」
 ドン!ドン!
「こちらにご署名と、口座番号をお願いします」
 バラバラ……。
「ここでいいんですね?」
『クッソー!』
 ズルズル……。
「それでは少々お待ちいただけますか?」
『なにしやあがる!オレは銀行強盗じゃねえぞ』
「は〜い」
 ということで、ワシャはソファーに戻って、雑誌を読みながら呼ばれるのを待つのだった。

 判りにくかったでしょ。『 』の文と擬音を外して読んでいただくと、ワシャと行員の会話だけになるので、試してみてね。でも、ワシャと行員の話は事務的な話なので面白くない。ここは、オッサンの会話・行動だけを集めて、解説してみよう。

『くおらぁ!なんでオレの金がおろせないんじゃぁあああ』
 オッサンは、カウンターから身を乗り出して女性行員に毒づく。
『なんでオレの講座が使えないんだ、おう?』
 オッサン、顔をしかめて女性行員を睨む。その顔があまりにもヘンだったので思わず「プッ」と吹き出した。
 なんで、オッサンの顔がワシャから見えるかというと、カウンターの向こうに仕切り板のようなプラスティックのプレートが立てかけてあって、それにオッサンの顔が映っているのだ。
『おめえらの給料を払うためにオレは預金しているんじゃねえぞ』
 このオッサン、金融機関の仕組みを知らないらしい。
『バーロー!オレの金を返せ』
『てめえじゃ話にならん、支店長を出せ』
 こうなると取り付く島がないと言うか、怯える女性行員に立て続けに罵声を浴びせているばかりである。
 ようやく中年の男性行員がカウンターの外に回り、オッサンをなだめようとするが、オッサンはさらにエキサイトする。
『ガオー!なんでてめえを食わせるためにオレが貯金しなければいけないんだ』
 だから銀行員は、預金者の金で食っているんだって。
『クソッ!金を出せ』
 プッ、それを言ったら、銀行強盗になっちまうぜ。
 オッサン、トチ狂ってカウンター越しに女性行員をつかまえようとする。
 男性行員がそれを止める。
『バカヤロウ!支店長を呼べと言っているだろう』
 ついにオッサン、カウンターの上の老眼鏡や筆記具などを払い飛ばしてしまった。
 グワッシャーン!! 
 オッサン、調子が出てきた。その勢いにのって男性行員と女性行員を突き飛ばした。
 ドン!ドン!
 警備員がバラバラと駆け寄って、オッサンを拘束する。
『クッソー!』
 あばれるオッサンをカウンターから引き剥がし、警備員室のほうにズルズルと引きずっていく。
「なにしやあがる!オレは銀行強盗じゃねえぞ」
 オッサンは、イタチの最後っ屁にそう叫び、フェードアウトしていった。もちろんその後、銀行内は平静を取り戻した。
 ワシャは突然のハプニングにも動じないお客さんとして、女性行員たちの賞賛を浴びながら、1000万円(ウソウソ)を受け取って銀行をあとにしたのだった。めでたしめでたし。

 銀行でこんなに楽しめたのは久しぶりだった。