おばちゃんこと三崎千恵子さんの訃報に接し、「男はつらいよ」のDVDを改めて観る。選んだのはシリーズ第15作「寅次郎相合い傘」である。再度、浅丘ルリ子をマドンナに向かえ、シリーズの中でも屈指の名作と言われる作品だ。
ワシャは洋画では、「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーン、邦画では、本作品の浅丘ルリ子が最高だと信じてやまない。
話が逸れた。「相合い傘」である。
この作品は、恋愛映画としてもクオリティが高い。玄人ぶってはいるが中学生の初恋のように純真でストイックな男と、苦労を重ねて生きてきた健気で聡明な女の淡い恋模様を描いて秀逸だ。
リリーは2度目の登場となる。すでに寅次郎とは旧知の仲である。だから、ドラマのどこを切り出しても、リリーは明らかに寅次郎を好いていることが見えてきて楽しい。とくに函館の宿のシーンは、リリーの想いがよく表れている。
狭い部屋には3つ布団が敷いてある。寅とリリーと、途中道連れになったパパ(船越英二)の3人分だ。
リリーは久しぶりに会った寅次郎と話がしたくてたまらない。ところが、眠たい寅は早く話を切り上げて床につこうとしている。寅が枕元のスタンドを消して、リリーとは反対の方向を向いて布団をかぶってしまう。
リリー「あーつまんないよ」
ふくれっ面で天井を見ているリリー。
リリー「寅さん」
寅「あ?」
リリー「私、冷え性なの、すごく夏でも足が冷たいんだ」
寅「(アクビしながら)下いって湯タンポでももらえよ」
リリー「暖めさせて」
足をのばして寅の布団に入れる。
寅「あっ冷やっこい。だめだよ足なんか入れちゃぁ」
リリー「ケチ!へん、じゃあいいよ、パパに暖めてもらうから」
と、パパの布団にもぐりこむリリー。
このシーンのリリーは可愛かった。高校生の時にこの作品を観たのだが、どうして寅はリリーを受け入れないのだろうと不思議に思った。だが、この年になると、ああいった男女関係もありなのだろうと思えるようになった。でもね、ワシャは、まだ、寅さんのような君子にはなれないのじゃ。残念ながら(不敵な笑い)。
再会をして、喧嘩をして、また再会をする。そうすると寅の中のリリーに対する恋愛感情に灯が点く。
「新明解国語辞典」の恋愛の項がおもしろいので記す。
《特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。》
寅次郎の場合は、《出来るなら肉体的な一体感も得たい》の部分を削除すれば、この定義にピタリと合致する。
気になる人がいる、顔が見たくて仕方のない人がいる。それはもう恋愛感情に差し掛かっていると言っていい。
「気にする」の反対は「無視する」だろうか。これは辛い。気になっている人に「眼中にない」そぶりを見せられると、おもいきり落ち込みませんか……。
でも、寅次郎の中には常にリリーがいて、リリーの心には寅次郎が住んでいる。お互いの瞳にはお互いが確実に映っているのだ。うらやましいなぁ。
結局、寅とリリーの恋は成就せずに、お互い旅の空へと去っていく。寅次郎の後姿は粋だし、リリーの去り方もカッコいい。
第11作「寅次郎忘れな草」でリリーが寅に言う。
「寅さん、燃えるような恋がしたいよ」
リリーさん、あなたはもう充分に燃えるような恋をしています。