吉例顔見世(夜の部)

 今回は夜の部を。
【双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)】
 全九段、複雑で長い物語である。でも、昨今は二段目の「相撲場」のみのことが多い。当然、顔見世なので、御園座も二段目のみ。
 物語をめちゃめちゃ単純に言うと、大関の濡髪長五郎と放駒長吉の友情・男気ドラマである。この二人にいろいろな登場人物が絡んで物語が紡がれていく。まぁ一場だけなので、細かいストーリーは無視して賑やかしい舞台を楽しめばいい。
 さて、主人公の濡髪は吉右衛門、放駒を又五郎が演じる。物語で重要な脇役の山崎屋与五郎というスーパーボンボンを染五郎が好演している。
 場面は堀江の相撲場。上手に菰張りの相撲小屋、手前に木戸番台、その脇に取組の張り出しがある。「東関」「佐渡嶽」「振分」「音羽山」など今も年寄の名前として存在する四股名が連なっている。そういうものを舞台に見つけると「ああ、江戸と現代はつながっているんだ」と実感する。
 舞台左手には、茶店があって、茶店と相撲小屋の間に、3間(5.4m)ほどの隙間があって、そこから向うに川が見えている。現在はもう埋め立てられて何も残ってはいないが、道頓堀の北側の水路の堀江川が見えているという設定だ。文献に依れば、堀江川に高台橋が架かっており、その南詰の空地に相撲や見世物の小屋を掛けたとあるので、史実には忠実に再現されている。
 さて、舞台である。ワシャは2000年に歌舞伎座でこの演目を観た。濡髪は同じく吉右衛門だったが、放駒が富十郎だった。この富十郎がもちろん上手い。やんちゃな張り切りボーイの若い長吉を御年72歳のとっみ十郎が見事に演じていた。この時(2000年の芝居のときね)、ボンボン与五郎を演じたのが、現又五郎歌昇)である。う〜ん、色男の役だけに、軍配は今回(2011年)の染五郎に上がってしまうなぁ。
 富十郎(2000年)と又五郎(2011年)の長吉勝負も、残念ながら又五郎の負けだ。生意気盛りの小僧の長吉を又五郎は演じ切れていない。55歳の又五郎がそのまま出ている。これが又五郎の限界なのだろうか。
 吉右衛門又五郎の掛け合いの演技を見ていて、ちょいと引っ掛かることがあった。又五郎の動きというか、形がおかしいのである。長吉はご贔屓から贈られた、紫地に放たれた駒が描かれた派手な長着を着て登場するのだが、見得を切った時などの膝の位置が左右で違うのである。ワシャは大向こうにいるので、双眼鏡を出して、じっくりと観察しましたぞ。すると、又五郎の右足ががっちりとギプスで固められているではあ〜りませんか。どうした、又五郎。前回の昼の部では、そんなギプスには気が付かなかったから、あれから1週間の間に、どこかで捻ったのだろう。骨折していれば、動くこともできないだろうから、捻挫程度だと思うけれども、それにしても襲名披露興行でなければ、代役を立てるくらい太く目立つギプスだわさ。汗びっしょりで演じる又五郎を見て、これが55歳が浮き出てしまった原因かもしれないと思った。
 名題役者も大変だなぁと思う次第でございまする。
(続く)