吉例顔見世に行ってきたのだ

 昨日、名古屋御園座の顔見世に行く。仲のいい歌舞伎仲間と一緒だ。天候が悪く公共交通機関が乱れるのでは、と思っていたが、さほどの遅れもなく順調に名古屋駅についた。駅の売店で、美味しそうな駅弁を買って御園座に繰り込む。昔は御園座の中にある食堂で3000円もする弁当を食べていたが、駅弁なら同じようなものが1/3で腹に納まる。御園座の経営難が膾炙して久しいが、もっと食堂で金額に見合うものを提供すれば人気も出るだろうに。大方の常連は、ロビーの椅子で、持ち込んだ弁当やサンドイッチをほおばっている。いつまでも名古屋の大名商売では埒が明かない。もっと斬新なアイディアを盛り込んでいかないと、名古屋の伝統文化の灯が落ちるぞ。

 御園座の経営の話はさておき、顔見世興行の話しである。ワシャらは、いつもどおり常連ばかりの大向こうに陣取る。だから、周りからは「成田屋」「播磨屋」「高麗屋」などと威勢のいい声が飛ぶ。女性を含めて6人くらいいただろうか。ううむ、タイミングは良し。ただ、ずっと屋号ばかりで、少し単調だ。「待ってました」とか「たっぷり」とか「四代目」という変化球が欲しかった。まだ、御園座ではそこまで大向こうが育っていないか。

 さて、演目である。今回は、昼の部について触れておく。
南総里見八犬伝
まず、口開けは「南総里見八犬伝」の「芳流閣の場」である。浅葱幕(あさぎまく)が切って落とされると、芳流閣の大屋根が舞台いっぱいに現れる。ここで、客の度肝を抜いて、その後、主人公の犬塚信乃(種太郎改め歌昇)と花四天(捕り方)の大立回り。これは筋立てもなにもあったもんじゃない。ただ、華やかな舞台を楽しめばいい。
 この場面で、ちょっとしたアクシデントがあった。花四天が犬塚信乃に絡むところで、持っていた棍棒を捨てる。大屋根の下は利根川という設定で、霞幕が引いてある。その霞の中に納まるはずの棍棒が幕の上端で跳ねて、客席にまっすぐ飛んでいく。運よく、席と席の間の通路に落ちたので、大事に至らなかったが客席を直撃していれば、どうなったことか。こんなことも珍しい。
 話を戻す。その後、まだ義兄弟とは知らぬ捕り方の犬飼現八(染五郎)が登場し、二人の争いになる。本来の筋では霞幕の中に落ちるのだが、大屋根の上で見栄をきったまま奥へ引っ込んでいった。
 大屋根が奥へ倒れ込む。手前から利根川の場の背景が立ち上がる。ここで八犬士の揃い踏みである。歌舞伎でいうところのだんまりというものだ。漢字で書くと「暗闘」とか「暗挑」となる。とくに利根川の場のだんまりは「時代だんまり」と言って、座頭級の役者が大時代な扮装で登場し、顔見世をするといったもので、特段の筋立てはない。これも素直に役者の顔ぶれを楽しむということになる。

【一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)】
 平清盛から、公家の一條大蔵長成に常盤御前が下げ渡されている。この一條大蔵が徹底したバカ殿で、屋敷でもどこでも遊び呆けている。そこに源氏の一党の吉岡鬼次郎と女房のお京があらわれる。源氏再興のために常盤御前の気持ちを正しに来たのである。
 屋敷に忍び込む吉岡らが目にしたのは、やはり柳弓で遊び呆ける常盤御前の姿だった。
「あら情けなや」と吉岡が常盤御前を打擲をするのだが、ここには秘密があって、柳弓で狙っていたのは清盛の絵姿で、要するに日々、平家調伏の願を掛けていたということ。そのことを知った平家方の間者は、清盛に注進しようとするが、御簾の向こうから突き出された薙刀で倒されてしまう。その薙刀を繰り出した人こそ誰あろう。阿呆の大蔵と言われていた、一條大蔵卿その人であった。
 実は、源氏の系譜につながる一條大蔵、源氏再興の日まで、阿呆に徹し切ろうと考える賢者だった。その企みが功を奏し、常盤の危機を救ったのだった。めでたしめでたし、というストーリーである。
 この一條大蔵を吉右衛門が演った。まぁ吉右衛門なので見ていて危なげはないが、どうしても先入観として、切れ者の「鬼平」が垣間見えてしまう。やはりここは、阿呆を演らせたら天下一品の勘三郎がはまり役だと思った。

【三代目中村又五郎、四代目中村歌昇襲名披露口上】
 海老蔵がどんな口上を言うのか楽しみだったが、やはり他の一門の襲名披露なので、その内容は押さえたものだった。「お久しぶりにございます」でどっと笑いを取っただけで、あとは新又五郎との軽いエピソードを話しただけであっさりと終わってしまった。
 さて、新中村又五郎のことである。この家は江戸末期に中村歌右衛門の門弟だった中村歌六に始まる。初代歌六の三男が三代目の歌六、そしてその息子たちが二代目時蔵吉右衛門、三代目時蔵、十七代目勘三郎となり、歌六一門は隆盛を迎える。その後、その系譜は現在に至り幸四郎吉右衛門染五郎時蔵、錦之介、勘三郎勘太郎七之助獅童、そして本家の歌六又五郎歌昇綺羅星のごとくである。
 当代の歌六、三代目歌昇がやや地味な俳優だったためか、本家は押され気味だが、勘三郎獅童染五郎など客を呼べる役者が揃っていますぞ。本家の四代目歌昇(種太郎)にも頑張ってもらいたい。また次世代にいい役者が出るかもしれないからね。
 話が逸れた。中村又五郎のことである。先代の又五郎丈を最後に見たのは、豊田文化センターの『熊谷陣屋』だった。確か弥陀六という役をやっていた。小柄な人ではあったが舞の名手で、動きに腰が決まっていたことを思い出す。
 ぜひ、三代目には、先代を見習って舞の名手になってもらいたい。

【寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)】
 曽我兄弟ものである。父親の敵と狙う工藤祐経の屋敷にやってきた曽我五郎、十郎兄弟と祐経のやりとりが楽しい。でも、『一條大蔵譚』もこの話も人形浄瑠璃から始まっているので、どうしても語りが多く、途中、冗漫な印象が免れない。このために多くの客が舟を漕ぐ。ワシャと一緒にいった友だちも、耐えきれずウツラウツラしていたのだ。でもね、それはそれでいい。下座音楽を耳にしながら、華やかな舞台を目にしながら、夢うつつの境をさまようのも、これまた一興。歌舞伎なんてガチガチになって鑑賞するモノではない。うたた寝をしながら時々楽しめばよろしい。
 かく言うワシャもちいっとばかし寝ましたがな。それでいいのだ。
 でもね、又五郎の曽我五郎はもう一つだった。やはり若武者五郎は溌剌とした若い役者が演じるのがいい。例えば、海老蔵獅童亀治郎などが演じるといい舞台になると思うのだが。
 そして、ワシャの役名として大好きな「化粧坂(けわいざか)の少将」を右之助が演じたが、ううむ、右之助か……、いい役者だとは思うが、この人には華がない。立役女形双方ともこなせるが、傾城(遊女)などの艶やかな役は少し難しかろう。もう少し役を選んだ方がいい。むしろ格下だが、中村芝のぶ
http://www.kisweb.ne.jp/personal/nakagami/menu/contents/photo1.htm
あたりにやらせた方がいいと思う。とくにワシャの好きな「化粧坂の少将」はきれいな女形にやらせたい。