立川(19日目)

 午前4時20分起床……というか、窓が白んできたのでベッドから机に移った。窓を開けると地平に淡い朱色の帯が掛かっている。立川の上空は曇っているのだ。だか、東の先の雲が切れている。国分寺あたりかなぁ、もっと向こうの三鷹かもしれない。そのあたりから朝焼けが漏れている。きれいだ。

 昨日、授業終了後、気心のしれた仲間2人と立川の街に出た。モノレール沿いの南北道路をそぞろ歩く。吹き戻しの風が強く、かつ冷たい。もちろんこの季節だから半袖である。寒くて腕に鳥肌が立った。
 曙町(中心市街地)の多摩信用金庫本店を越えたあたりで居酒屋を見つけた。玄昌石で張った階段をB1へ下りると、格子のガラス扉のむこうに洋風のしゃれた店がある。そこで、岩牡蠣、サンマのお造り、愛知産のアジのたたきなどをいただく。あー美味しかった。
 寮に戻れば、また談話室に仲間が集まってワイワイガヤガヤ、そうして立川の夜は更けていくのだった。

 昨日、『貞観政要』のことを書いた。今日も少し触れたい。
 司馬遼太郎に「私との割符を持っている人」と言わしめた書誌学者の谷沢永一がこんなことを言っていた。
「リーダー論としては、『論語』『孟子』もさることながら『貞観政要』のほうが具体的である」
貞観政要』の時代から1400年が過ぎようとしている。唐の時代と平成の世の状況が同じであるはずはない。しかし、悠久のときを越えて貞観の名君が、平成の我々に語りかけてくる。
「和をもって尊しとしてはいけない。和を乱すまいとすれば和によって亡ぶ」
 先の大戦の日本軍は、軍部内の和を乱すまいとして、国を亡ぼした。東京電力は組織内、あるいは原子力村の和を乱すまいとして福島に多大なる迷惑を掛けている。上下雷同するような「和」など必要ないのだ。侃侃諤諤の激論を交わしながら一番いい方法を見出していく、そういう組織が発展していくのだ、と『貞観政要』は言っている。