機上のメッセージ

 ここに1枚のメモが残っている。陸前高田市の地図の裏面に記された字は、揺れるANA1487便の機内で、精一杯はっきり書こうと努めたことをうかがわせる筆跡になっている。
 
 メモを読む。
「マルハチゴウマル、離陸始まる。なんだかフワフワするのが嫌だ」
「ヘッドホン、最大、チャイコフスキー
「眼下に伊勢湾、波光、でもななめ」
 これは、セントレアから急上昇している途中である。窓から伊勢湾が斜めに見える。
「マルハチゴウナナ、水平飛行にはいる」
「マルキュウマルゴウ、雲多し、機体右手に富士の頭を確認」
 セントレアでは薄曇りだった。だから上昇中も眼下に海面が見えている。水平飛行に入るのが北尾張あたりか?そのころには高度1万メートルを越えているはずだ。すでに足下は雲海となっている。右側の窓から雲海の上に頭を出している富士山が遠くに見える。
「マルキュウヒトマル、雲切れる。山間の細長い地形に市街地が見える。伊那谷あたりか」
「マルキュウフタマル、左手前方に雪山が出現」
 頂上付近に平地があり、そこに道路が通っている。乗鞍だ。
「左手に雪の山々続く」
 乗鞍から焼岳、穂高、槍へと続く飛騨山脈北アルプスだった。ということは松本から長野にかけての北信を北上していることがわかる。その後、雲上の雪山は後方に去り、再び単調な雲海の上を飛んでいる。
「マルキュウサンサン、空宙にはなにもないはずなのに(泣)、なんで機体がグラグラするんじゃー」
 時間的には新潟上空か。気流の関係だろうとは思うが、突然、機体がガタガタっと揺れた。穏やかな水平飛行が続いていたので油断したわい。すぐにヘッドホンのボリュームを上げて、金剛般若波羅蜜経を唱えるのだった。
「ワシャの後9Aに乳児を抱いた若い母親、赤ちゃん堂々」
 気圧の変化も感じているだろうに、その赤ちゃんは平然としている。この子、大人物になるかもしれない。
 機体はその後も揺れ続けている。
「機体がきしんでいる。ゴツゴツとなにかに当たっているような振動、客室乗務員のオネーサン、平然と通路を歩いている。すごい」
「マルキュウヨンゴウ、シートベルト着用のサインが点灯する」
 ワシャの場合は、離陸前からシートベルトをギチギチに締めているので、締めなおす手間はないが締めっぱなしなので気持ち悪い。着陸態勢に入るアナウンスがあって、間もなく機体が前方に傾きだした。
「マルキュウゴウサン、白鳥の湖ジークフリート、オディール」
 ヘッドホンから流れるのはずっとチャイコフスキーだったんですね。
「マルキュウゴウシチ、ひえええー!」
 これが最後のメモとなった。

 10:00(ヒトマルマルマル)、定刻どおりANA1487便は仙台空港に無事到着した。ワシャ以外の乗客は、赤ちゃんも含め、皆、平然としていた。びびっていたのはワシャ一人だった。あーこわかった。