恐怖のフライト

 ワシャは神仏、霊魂、幽霊などを信じるものではない。だから、前世も来世も頭っからないものと思っている。
 でもね、子供のころに高熱を発すると、いつも同じ夢を見たんだ。それは決まって戦場だった。ジープのような軍用車両に乗ってジャングルの中を走り、小さな飛行場に到着すると、そこに並んだプロペラ機に単身乗り込んで、操縦桿をにぎると大空へ舞い上がるのである。その後は、フワフワと大海原の上を飛んでいたりする。きっと戦争映画を観すぎたせいだと思うのだが……。
 昔、足しげく通っていたスナックのママ(といってもババ)が占いなどに凝っており、酔いに任せてそんな話をすると、
「そりゃあんた、あんたの前世は飛行機乗りだったんだよ。大東亜戦争の時の航空兵じゃないかい」
 ともっともらしいことを言う。もちろん、そんな戯言は端から信用するつもりもないが、ババの話に妙なリアリティーを感じたのも事実だった。
 夢自体はそんなにいやな夢ではないんですよ。でも、その夢を見るのが、必ず40度近い熱にうなされている状況だったので、その夢イコール悪夢になった。
 ずいぶん昔になるが、初めて飛行機に乗った時に、その夢が脳裏によみがえって、ひどく嫌な思いをした。だから、ワシャは飛行機に乗るのが嫌いだ。

 それが中部国際空港から仙台空港までANAの旅客機に乗ってしまった。飛行機自体が嫌いなので、なんという航空機なのかもわからないが、セントレアに並んでいる旅客機の中では小ぶりの機体で、たぶんB737だと思う。B747と比べればずいぶん小さい。
 シートは8Bで、着座するとすぐにシートベルトを締める。五感を少しでも誤魔化すために、借りてきたヘッドホンをつけて、クラシックを大音量で流す。これで聴覚は飛行機に乗っていることを忘れる。次は視覚だ。これはバッグに忍ばせておいた『般若心経・金剛般若経』(岩波文庫)に集中することでなんとかなる。味覚はFRISKを舐め、嗅覚はマスクをして飛行機臭(そんなものがあるんかいな?)を嗅がないようにした。触角というか、体が感じる振動だけはどうしようもない。機体が揺れる前に、貧乏ゆすりをして誤魔化そうかと思ったけれど、周囲の人に迷惑をかけるのでそれだけは我慢することにした。

 ついに機が離陸を始める。この瞬間はとくに嫌でしょ。ワシャはひたすらチャイコフスキーを聴きながら、金剛般若波羅蜜経を唱えておりましたぞ。

 嗚呼、飛行機嫌いのワルシャワ君の運命や如何に。