久々本屋 その1

 夕べ、久しぶりに駅前の書店に顔を出す。このところ仕事が忙しく、書店の営業時間に間に合わなかったのじゃ。まるまる1週間も覘いていなかったわけで、こんなことはこの10年なかったことだった。この一点をとってもこのところの忙しさが理解してもらえますか。
 だから、たまっていたんでしょうね。手当たり次第に本を買いまくったのだった。金額は言えないが、レジカウンターに本を積んだときには久々に書店の人が絶句していた。う〜む、満足満足。

 購入した本の中に、『黒沢明七人の侍」創作ノート』(文藝春秋)があった。ちと値段は張ったが、これは凄い本ですぞ。あの天才黒沢明の直筆のノートが惜しげもなく公開されている。ここには黒沢監督の、創作の秘密が盛り込まれている。邦画ファン必見の書といっていい。
 例えば、「七人の侍」に勘兵衛という人物が出てくる。志村喬が演じたリーダー役の侍、覚えていますか。その勘兵衛の性格、セリフ、行動などが事細かく大学ノートに記されている。
「そろそろ五十に手がとどく。」
「白髪が大分見える。若い頃の夢も情熱も枯れかかって、どこかで静かに生活したくなっている。近頃、しきりに家庭とか子供とかそう云う平凡な幸福について考える。」
「不運な男である。合戦には随分出たが、みな敗戦ばかりであった。ひどい籠城や全滅の憂目に何度も会った。困難な戦ひには慣れっこになっている。苦しい戦には経験豊富だ。」
「運がよければ足軽大将にはなっていた男。」
「過去の苦しい経験が彼から圭角をとった。自然な考え深い円満な人柄を練り上げている。」
 どうです。勘兵衛の人柄が立ち上がってくるようなメモでしょ。こんなメモが12ページにわたって書かれている。ここまで考え抜かれているから、勘兵衛が映画の中で活き活きと息づいてくるのである。
 唐突だが、黒沢の「勘兵衛像」を読んでいて、あるキャラクターのことを思い出した。思い出すと矢も楯もたまらない。すぐにシナリオ集の『男はつらいよ』(立風書房)を引っ張り出してきて、あるキャラクターを探した。リリー(浅岡ルリ子)である。
(下に続く)