良いことをした(ちょっと自慢)

 自宅から会社まで、徒歩で20分程ある。その距離をワシャは自転車を押して通っている。ウォーキングの運動になるし、歩きながら読書もできるので時間に余裕がある時にはそうしている。
 会社に到着し、通用門から少し離れたところにある駐輪場で、運動靴から革靴に履き替えていると、背後で男のだみ声がした。振り返ると、紺色のジャージ姿のおっさんがテラテラとした赤ら顔で出勤途上の女子社員に声を掛けている。
「ネーチャン、○○課はどこだ?」
 その女子社員は、入社2年目の社員だったが、冷静に酔っ払い対応をしている。
「ネーチャン、△△課はどこだ?」
「ネーチャンは何階で働いとるん?」
「社長を呼べやぁ」
 酔っ払いがその女子社員にからむような質問を矢継ぎ早にしている。「こりゃ危ないな」と思ったワシャは早足で2人を追った。すぐに追いついて2人の後ろ2mの位置をキープして様子をうかがった。
 女子社員が通用門を入った。追いかけるように酔っ払いも通用門をくぐる。そこにタイムカードがある。女子社員は当然タイムカードを押すために立ち止まる。おっさんと女子社員の距離が一気に縮まった。
「ネーチャン、逃げんでもいいやないか」
 と酔っ払いが、女子社員に手を伸ばした。その瞬間、ワシャは、女子社員と酔っ払いの間に割って入った。「暫く暫く暫く〜プッ」(←歌舞伎通の人にはわかりますよね)
 ワシャの右肩が、偶然に酔っ払いを突き飛ばしてしまった。酔っ払いはよろけてタタラを踏む。その間に女子社員を急かしてエレベーターホールに向かった。後ろで酔っ払いが何かを喚いていたが、エレベーターを呼んで女子社員を乗せてしまえばこっちのもんですぞ。エレベーターのドアがしまり上昇していくのを確認して、ワシャはおもむろに振り返り、清々しい朝の職場に紛れ込んできた酔っ払いを鬼のような形相で睨みつけたのだった。
「何かご用ですくわっ!(怒)」
 ワシャの顔がよっぽど恐かったんだろう。酔っ払い、急におどおどしはじめてこう言った。
「あの〜トイレはどこかいね」
 ワシャは右手を勢いよく伸ばしてトイレを指差した。酔っ払いは、そそくさとトイレに消えたのだった。
 その後、ワシャの職場に件の女子社員がお礼にきた。駐車場からずっとつきまとわれていたそうだ。朝から人のためになることをしたので気分がよかったのじゃ。めでたしめでたし。