ベトナムを考える(続き)

 大東亜戦争が起きる。
 日本は、満州事変以降、アメリカやソビエトに支援された中国軍との全面戦争に引きこまれている。アメリカからの補給路を絶つためインドシナに軍事的干渉を行うとともに、タイの政権を動かしてインドシナ領の割譲をフランスに迫った。この混乱に乗じて台頭してくるのが、ホー・チ・ミンであった。
 ホー・チ・ミンは「越南独立同盟」を組織し、フランスに抵抗を続ける。その後、1945年8月15日、日本が降伏するのを待って傀儡政権にとってかわり、ベトナム民主共和国を樹立する。
 時を同じくして日本軍に追い払われていたフランス軍ベトナムの再植民地化に戻ってきた。これに対してホー・チ・ミン率いる越南独立同盟(ベトミン)軍が一斉に反撃を開始し、インドシナ戦争が始まる。当初は植民地からの独立戦争という色合いが強かったが、アメリカやソビエトなどの介入により次第に自由主義共産主義の戦争へと変貌していく。この8年にわたる戦争でベトナムは疲弊していった。ホー・チ・ミンは兵を養うための時間を稼ぐために、ベトナムを17度線で南北に分割するジュネーブ協定を受け入れた。その結果、ドイツ、朝鮮、中国に次ぐ分断国家が成立することとなる。
 それから10年が過ぎ、トンキン湾事件から泥沼のベトナム戦争が始まる。

 ワシャは1枚の切手を持っている。大阪の万国博覧会ベトナム共和国館で購入した。額面50ドンの小さな切手で、南ベトナム、フィリピン、オーストラリア、タイ、アメリカ、韓国、ニュージーランドの7本の旗が翻る前に握手する手がデザインされている。文字もいくつか書かれているが「VIETNAM」くらいは読めるけど、あとは皆目わかりまへん。
 台紙には、
《現在ベトナムで発行中の切手は、政府と国民とが
 ・戦争を集結
 ・民主主義の確立
 ・社会の革新
 を目指して努力と生活をしている姿を表現しています。》
 と書かれてある。

 切手を買った時のワルシャワ少年の心境は、自分の小遣い200円がベトナムに平和をもたらす一助になればと思っていた。しかし、どうなんだろう。時期的にいって、あの200円はサイゴン政府軍のカンボジア侵攻やラオス侵攻の費用になったのかもしれない。
(しつこいけどまだ続く)