不幸と幸福 その2

(上から続く)
 昨日、所用で某市にある精神科の病院に行った。そこはその手の病院としては大規模なところだった。もちろん訪問するのは初めてで、用事かなければあまり行きたくない場所だわさ。
 病院は、外来を扱う本館とそれに付随する2棟の入院棟から構成されている。用事は入院棟のほうにあったので、本館を通りすぎて入院棟の方向を目指したのだが、フェンスに阻まれて入ることができなかった。来たことがないから地理不案内で、広い敷地の中で迷ってしまった。でもね、人に出会わない。閑散としている。場所を確認したくても訊く人がいない。何分かぼーっとしていたら、運よく看護婦さんが通りかかったので、来院の趣旨を話して案内を請う。看護婦さんは「外来受付でご相談ください」と教えてくれた。
 ワシャは本館の外来受付に向かう。午後2時近い時間だったが、外来には人があふれている。ざっと数えただけでも30人ほどが待ち合いにたむろしていた。そこで簡単な手続きを済ませる。受付の脇から入る細い迷路のような通路を案内され、暗い通路をしばらく歩くと中庭に出た。そこからが「内側」ということらしい。外側から柵で隔離された内側には多くの入院患者が存在した。ベンチで煙草を吸っている男、木陰に座っている女、芝生を歩く男、異邦人(ワシャ)を注視する男、ワシャのことなんか眼中になく空を見ている女、10人以上の男女がジャージなどのラフな格好でそれぞれ思い思いに中庭にいる。
 そこを抜けて入院病棟の中に入った。すぐに受付は見つかった。受付の向こうには大きな扉があって行く手を阻んでいる。受付の小窓から向こうにいる看護婦さんに来院の趣旨を伝えると「ガチャン」という音がしてドアが開錠され、内側の更に内側に入ることができた。
 そこは広い食堂のような場所だった。そこにも何人かの患者がいる。一様にみんな静かだ。
「ギャー!」
「わたしはキリストである」
「助けてくれー!」
 とかの叫び声なんて無縁だ。白い空間に穏やかな時間が過ぎて行く。患者の表情も穏やかで、なんだかみんな幸せそうだなァ……ピリピリした外界から来たワシャのほうが異常なような気すらするのだった。