本当のことを言おう。ワシャは、実は医療行為がとても苦手だ。注射は大嫌い。打っているところを見ることすらできません。だから献血などもっての外。一度、どうしても成分献血をするはめになって、3時間ほどベッドに縛り付けられたことがある。あの時は生きた心地がしなかった。貧血のようになっているから、血の出の悪いことと言ったらありゃしない。
骨折して入院した時も大変だった。なにしろ医療行為が嫌いである。なのに、入院すれば、やることなすことがすべて医療行為なのだからたまらない。
点滴、注射、麻酔、カテーテル、手術……病院から逃げ出したかったが、足の骨折だから逃げるに逃げられなかった。それでも、10日の入院のところを7日で脱走したのはワシャだけだったと、後になって担当の看護婦が教えてくれた。
でね、そのもっとも嫌いな医療行為を、昨日、受けることになってしまった。その経緯を説明しよう。
1カ月ほど前のことである。深夜、胃の上部の痛みで目を覚ました。よくあることで、いつもは大正漢方胃腸薬を飲むと治まる。ところが、その時はまったく効果がなく、朝まで痛い胃を押さえて悶々としていた。
陽が昇ってすぐに行きつけの医者に走り、朝一番で診察をしてもらう。
「逆流性食道炎ですね」
と、先生はあっさりと言う。
「最近、宴会が続いてますね。それに嫌なことがありませんでしたか」
お見込みのとおりだった。
薬を処方してもらい、二週間ほど様子を見たのだが、痛みこそ取れたものの、空腹になるとやはり胸やけのような症状が出る。薬もなくなっていたので、もう一度、医院を訪なった。
「そうですか、まだ症状がでますか」
先生はしばし考えて、こう告げた。
「カメラ飲みましょう」
医療行為の嫌いなワシャは、
「酒は飲みたいけれど、胃カメラは飲みたくない」
と突っぱねた。しかし、先生はワシャの要望にいっさい耳を傾けてくれない。
それから二週間後、つまり、昨日、胃カメラを飲むことになったのだった。
午前8時、医院の受付をする。したとたん診療室に呼ばれ、椅子に座らされる。そこで看護婦が小さなぐい飲みのようなプラスチックの器に入った液体を飲めと言う。
「これは酒か?」
緊張をほぐすために、つまらないことを聞く。
「そんなことあるわけないでしょ」
看護婦はホホホと笑った。緊張はほぐれているようだ。
「そ、それではなんじゃ?」
どうやら緊張しているのはワシャのほうだった。
「胃の中の泡を消す薬です」
と答える。
「それなら酒のほうが効くぞ」
と、更にくだらないことを言ったのだが、看護婦は相手にしてくれなかった。
その後、ベッドに横になる。今日の胃カメラは鼻から通す。このため、鼻のとおりをよくする薬を両鼻孔に注入される。薬液が鼻腔を通過し喉に下りてくる。
「なるべく飲みこまないでください」
と言われても無理じゃ。とっくに飲みこんでしもうたわ。
しばらくして、麻酔液を左の鼻孔に注入される。
「口の中でためるようにして飲みこまないでください」
そう言われても無理なものは無理だって。やっぱり飲みこんでしまった。ううむ、こんな状況で鼻腔から喉にかけて、麻酔が効くのだろうか。
その後、先生がやってきて、鼻から胃カメラを挿入する。ワシャの鼻はご存知のようなわけで、実にとおりがいい構造になっている。だから、するするっと入っていくかと思いきや、入り口のところでカメラがつかえてしまった。
「ワルシャワさん、鼻炎ですか。鼻の中に炎症がありますね」
なんのこっちゃ。
花粉症の後遺症か、なにやら鼻腔の左側が炎症を起こしているようで、とおりが悪いのだそうな。
それで急きょ、口から飲むことになった。麻酔をやり直し胃カメラを飲む。それなら最初から口にしてくれ(泣)。鼻につっこまれたり、口につっこまれたり、それでなくたって医療行為が嫌いなワシャである。「勘弁してくれよ」と言いたい。言いたいんだけれど、口から食道をとおって胃までカメラのチューブが入っている。情けないことにウンともスンとも言えない。
20分程で、医療行為そのものは終わった。鼻腔から喉頭、食道の入り口にかけて麻酔がたっぷりと効いている。このために嚥下機能がほぼ眠っているわけだ。だから、唾も飲みこめない。もちろん、することができない。声も発することができない。
時間経過とともに嚥下、発声については治ってきた。ところが、麻酔が醒めはじめると鼻腔内に流し込まれた薬液の苦い味が下りてくるようになった。これにはまいった。ティッシュボックスを手元において、苦みが下りればその都度はき出す。そんなことを半日もやっていましたぞ。
考えてみれば、鼻から胃カメラを通さず、最初から口から入れておけばこんな苦しみに遭わずに済んだものを。やれやれな日だったわい。
結果として、何も問題はなかったのでよかった。