まもなく処暑

 午前3時30分にパソコンの前に座った。あちこちにメールを出さなければならなかったのでいつもより1時間ほど早い。読書会や仕事関連のメールを出し終わると4時30分を回っていた。
 ワシャの書斎は本があふれている。だから、書斎にこもる時にはなるべく換気をするように努めている。今朝も3時30分に窓を開けて作業をしていた。1時間ほどキーボードを叩いていたら昨日までと違う異変に気がついた。足先が冷たいのだ。窓から入ってくる風がひんやりしている。思わず靴下を履いてしまいましたぞ。そういえば庭先の虫のすだきもずいぶん賑やかになった。そうか、もう2、3日もすれば処暑なんだなぁ。
 日中の蝉しぐれも油や熊からつくつく法師に入れ替わっている。今年は秋の訪れが早いかもしれない。

 ゆかりの地でゆかりの本を読む。その時期にあったものを読む。こういった読書が面白い。だから、京都には、松田道雄『花洛』(岩波新書)や、子母澤寛新選組遺聞』(中公文庫)を持参したりした。おかげで『新選組遺聞』は京都のホテルに忘れてきてしまったけどね。
 だから、蝉しぐれの時期には、藤沢周平蝉しぐれ』(文春文庫)を読むのがよろしい。ということで久々に『蝉しぐれ』を読み直してみた。

 物語は夏の早朝から始まる。さりげなく主人公の文四郎とふくが紹介され、二人の成長ととともに物語は進んでいく。父の切腹、家禄の減俸、ふくの奥勤めなどいくつものエピソードを散りばめつつスピード感のある展開で読者をぐいぐいと引っ張っていく。構成が丁寧で、描写も緻密だ。文四郎が切腹をした父の遺骸を大八車で運ぶシーンである。
《のぼり坂の下に来た。そしてゆるい坂の上にある矢場跡の雑木林で、騒然と蝉が鳴いているのも聞こえてきた。日は依然として真上の空にかがやき、直射する光にさらされて道も苗木の葉も白っぽく見える。》
 この後に、倒れそうになる文四郎を助けてふくが梶棒を引く場面があるんですが、ふくの健気さに胸を打たれました。
 
 少し秋めいてきた書斎で日記を書くためにパラパラとページを繰っていただけで、また感動して泣いてしまったのだった。やれやれ。