給食費を払わないバカ

 昭和40年代前期は、いざなぎ景気と言われながらも、地方は相変わらず貧乏だった。駅頭でムシロを敷いて物乞いをする人が何人もいた。
 そんな時代だから、子どもの中にも格差があった。農村部から通ってくる地主の息子は上等な服を着て、羽振りもよかった。誕生日だとかお祭りだとかで、同級生をお屋敷に集め、大盤振る舞いをしてくれたものだ。ワシャが生まれて初めて鳥のももを丸ごと食ったのもそいつの誕生会でだった。
 かたや下町に住んでいたSという少年は貧乏だった。ズボンの膝は抜け、つぎが何枚も当ててあった。家は工場裏のバラックで、屋根は波トタンで葺かれていて所々に釘の穴が空いている。そこから空が見えた。雨が降りだすと、雨滴がトタンを叩く音で声が聞こえないほどだった。
 だから、Sの家は給食費にもこと欠き、給食費を集金日の当日に持ってきたことはなかった。必ず何日か遅れた。時には1円玉が目立つ硬貨ばかりで持ってきたことがあって、クラスメイトの失笑をかっていた。たぶん家中の小銭を掻き集めてきたに違いない。
 それでもSの親は給食費を納めつづけた。偉い。
 それがどうだ。物乞いもいない、バラックの家も見当たらない平成の世に給食費を納めないクズがいる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090407-00000134-mailo-l11
 それも支払い能力があるにも関わらず滞納するという悪質なヤツらだ。もちろん子どもに罪はない。だが親には罪がある。だから親の職場を突き止め、給与を差し押さえるというやり方はまことによろしい。子どもを晒しものにしてはいけないが、バカ親はどんどんと晒しものにしよう。全国の自治体は八潮市に続け。