「農奴」という虚構

 昨夜、名古屋の今池で映画会があった。年末も押し迫っているのに出掛けましたぞ。でもね、この忙しい時に観に行くだけの価値のある映画会だった。
 上映作品は「農奴」(1963年)という中国映画だった。舞台はチベット封建制の中で牛馬の如く酷使される農奴を主人公として、悪徳僧侶(ダライ・ラマ十四世にそっくり)や無慈悲な領主、反対に仏様のように慈愛に満ちた人民解放軍兵士たちが絡んで物語が進んでいく。もちろん中国共産党の肝入りで作られたプロパガンダ映画であるから、人民解放軍は絶対善、解放軍の侵攻に異を唱える一派を鬼畜として描くのは当然だ。終盤には、農奴に代表されるチベット人たちが反封建に目覚め、人間として解放されましたとさ、という単純な話で、ある意味解りやすい映画である。
 ワシャらは事前に評論家の呉智英さんからレクチャーを受けていた。それに北京五輪前後に噴出したチベットに関する多くの情報を知識として得ているので「チベット弾圧を正当化しようとする宣伝映画」なのだと意識して鑑賞している。それでもラストに農奴が解放されるシーンでは感動させられてしまった。もし、この映画を前提知識のない状態で観せられたらどうだろう。
「こういう事実もありだな。人民解放軍ってチベットでいいことをしているじゃん」と思う可能性は大きい。
 呉さんは言う。
「事実とは異なる嘘でも人間は感動をする。感動と真実は必ずしも一致しない」
 民衆扇動は、ある時期から心理学などを取り入れて計画的に行われるようになってきた。各国の諜報機関は広告の専門家たちと組んで大衆操作を謀っている。スパイたちはPR会社と手を組んで「情報」という武器を駆使して、国際政治の水面下で紛争の行方を左右しているのである。そのあたりの詳細は、高木徹『戦争広告代理店』(講談社)を読んでね。

 今朝の新聞1面に「中国、初の空母建造」という見出しが躍った。ついに人民解放軍が空母を有する。以前、人民解放軍の将軍がアメリカの提督に「太平洋を半分ずつ分け取りにしようではないか」と持ちかけた話があった。まさにその布石と言えるかもしれない。このままでいけば21世紀前半にはチベット農奴と同じく、日本の社畜(笑)も菩薩兵に解放される日が来るのかもしれない。情報戦略を疎かにして土下座外交ばかりに奔走しているような国は、いずれどこぞの国の保護国にでも成り下がってしまうだろう。そうなってからでは遅いんだけどなぁ……
 いろいろ考えさせられた映画会だった。博学本舗の皆さん、ありがとうございました。