(上から読んでね)
「君たちは君たちの時代に伝統の灯を消して何とも思わないのか?」
西日の射す窓際の席で生徒会長が少し甲高い声でそう言った。彼が口を閉じると会議室に静寂が戻った。
しばらくして沈黙に耐えかねた指導部の女教師が口走った。
「悪沢くん!議決は終わっているのよ。会長と言えども議決はひっくり返せないわよ」
女教師が肩を怒らせている。
悪沢はその高慢な顔に吐きつけるように一喝した。
「うるせいババア!」
この一言で教師たちはパニックに陥った。
昭和40年代の後半のことである。まだ学校は神聖な場所だったし教師の権威も残っていた時代だった。裏工作や根回しなど姑息な手段は弄するものの、根っから真面目な世界で生きている教師たちにすれば、公の場で公然と「ババア」呼ばわりする生徒などいるはずがないのだ。とくに生徒議会である。取り敢えずは「いい子ちゃん」の集まりのはずだった。教師たちは異星人でも見るような目つきで悪沢を遠巻きにしている。その間隙をついて悪沢は議長に言った。
「仮装行列の実施についての最審議をしていいか決を採れ」
議長は悪沢の友人だった。
「再審議していいすか?賛成の人手をあげてくらさ〜い」
状況を見て取った議長は生ぬるい言い方で決を採った。会長の過激な発言をこの生ぬるさが打ち消した。このため再審議が賛成多数で可決された。
生徒議会が始まれば原則として教師は口を挟めない。「ババア発言」を責めるにしてもそれは議会終了後ということになる。
悪沢はとにかくしゃべりまくって、中止を回避した。全クラス参加とは行かなかったが希望するクラスで開催することになった。
議会終了後、もちろん悪沢は職員室に連行された。そこでこっぴどく叱られたのは言うまでもない。しかし、教師たちの罵声もイヤミも晴々とした悪沢の心にダメージを与えることはなかった。
「ニヤニヤ笑っているんじゃない!」
ソフト部の顧問からびんたを食っても、悪沢は平気だった。痛くもかゆくもないわけではないが平気だった。だって今年も仮装行列ができるんだもの。
(まだまだ下に続きます)