(上から読んでね)
ワシャは車椅子に乗って、診療室奥のバックヤードに案内され、そこでベッドに横たえられた。
「30分くらいで足の痺れが取れますので、そのまま休んでいてくださいね」
そう言い残すと看護婦さんはカーテンを引いて去っていった。
いいですよ。30分でも1時間でも、本さえあればいくらでも安静にしてます。ビニール袋の中から『阿房列車』(ちくま文庫)を取り出すと、読み始めるのだった。
「は〜い、ワルシャワさん、血圧を測りますね」
カーテンを開けて看護婦さんが顔を出す。
ありゃりゃ、福島駅発の下りの汽車に乗ったところで30分が経過してしまった。
看護婦さんは、血圧を測りながら、
「ロッカーに靴だけ入れてすましていたのはワルシャワさんだけですよ」
と言ってまた笑う。
「血圧は正常ですね。立てますか」
恐る恐る立ち上がる。大丈夫だ。
「なんとか立てます」
「そうですか、それでは着替えてください」
看護婦さんはそう言って再びカーテンを引いて出ていった。ワシャは足の感覚を確かめながら慎重に着替えを始めた。遠くからあの看護婦さんの声が聞こえる。
「ブロックの患者さんね、ロッカーに靴だけ入れて鍵を掛けてたのよ」
まだ言っている。そんなに面白いことなのかなぁ。
ワシャは笑顔の看護婦さんたちに見送られて診療室から出たのだった。腰痛は嘘のように消えていた。