詰まらぬ話

 ワシャは10年ほど前、我社の企画部門にいた。その時に同業他社の企画部門と交流があって、双方に呑み助が多かったので「では一献」ということになった。以来、年に1度か2度、OBも含め10人ほどのメンバーが集って旧交を温めていた。部長も課長も平社員もいたが、肩書きなど抜きにして胸襟を開いた楽しい宴だった。
 それが今年、相手のメンバーに動きがあった。メンバーの一人が社長になった。たまたま秘書課長の職責に、やはりメンバーの一人が坐っていたので、お目出たいことでもあるし、早速、「一献かたむけましょう」と、打診をした。
しかし、相手は「社を代表する者が他社の社員との私的宴会に出席するのはいかがなものか」と木で鼻を括ったようなことを言ってきた。要するに「お断り」ということだ。会社をとりまく世間の眼や社内の動向を慮った結果、他社の下っ端との「10年来の付き合い」など、取るに足らないことだと判断したのだろうが、秘書課長もメンバーではなかったのか?この手の平を返すような対応はまるで小役人のようじゃないか(笑)。
 
 福沢諭吉の『福翁自伝』の「拝領の紋服をその日に売る」、「主従の間も売言葉に買言葉」、「幕府にも感服せず」あたりを読んでごらんなさいよ。福沢諭吉は「殿様」と呼ばれる身分になっても、ごく自然に下女なんかと接していることがわかる。偉くなった途端に下っ端との付き合いを変化させるような人物とは度量が違う。我社同様、たかが社員1000人ほどの小さな会社でしょう。社長さんが旧交のある他社の人間と酒を呑んでどれほどの問題が出るのだろうか。
《功名手柄をしようというような野心はないから従って自分の身分がなんであろうとも気に留めたことがない》
 小さなコップの中で出世ばかり考えて汲々と生きていないで、たまには『福翁自伝』でも読んでみるこっちゃ。パセリくん、秘書課長にそう言っておいてちゃぶだい。