いじめ

 もうずいぶん昔の話だ。ピカピカの新入社員で配属となった職場は、課長以下30人ほどの男ばかりのむさ苦しいところだった。その職場で「歓迎会」を開いてくれることになった。新人はワシャ一人で右も左も分からぬ。仕方ないので宴会場の隅っこで小さくなっていた。課長のつまらない挨拶があって、課長補佐の乾杯があり、ようやく宴に突入した。
 そうすると先輩たちが5人ほどでワシャを囲んで、「飲め飲め」と言いながら、コップに酒を注ぐわ注ぐわ……
1対5だから勝負は目に見えている。一通り返杯して「もう結構です」と言ったら、一番年嵩の男の表情が変わった。
「お前はオレの酒が飲めないのか」
 と言い出す。「オレの酒」という理屈が解らないし、酒を無理強いされるのも業腹だったが、ここでいさかいを起こすのも社会人になったばかりで大人気ないと思い「じゃぁもう一杯だけ」とその男の酒を受けた。そうすると隣の小柄な男が徳利を差し出す。「ホントにもう結構です」と、やんわりと断わると、こいつも急に怒り出した。「オレの酒は飲めないんだな」とコイツも同じことを言いやがった。ここまでくればアホのワルシャワでも「はは〜ん、いじめだな」と思い当たった。そうと解れば話は早い。いじめをするようないじけた野郎どもにははっきりと言ってやるに限る。ワシャは手に持っていたコップを逆さにして「ええ、飲みません」とケロリと言ってやった。
「なんだと!」と男は立ちあがって、徳利の酒をワシャの胸元に引っ掛けやがった。ワシャはびしょびしょにされちまった。でもね、ワシャはそんなことではちっとも動じないのじゃ。手近なお膳にのっていた徳利に満タンの酒が入っていることを確かめると、小柄な男のやや薄い頭部にその酒を延々と注いでやった。
 そうしたらヤツらは怒ったね。喧嘩になったけど、そこはそれ、課長補佐や係長が適当なところで仲裁に入って大した騒ぎにはならなかった。
 でもね、いじめグループに「ワルシャワに手を出すとやっかいだ」ということだけは理解させることができた。それから職場の居心地のいいことといったらなかったねぇ。
 翌年、ワシャの下に新人が入ってきた。さっそくいじめ5人組はバカの一つ覚えじゃあるまいに、その新人を囲んで「飲め」「飲め」とやっている。仕方ないので、切りのいいところを見計らって「おおい、凸山君、こっちにおいでよ」と声をかけた。そうしたら5人組はあっさりと凸山君を解放した。1年で先輩たちはよく学習してくれた。「宴席ではワルシャワに関わらない」ということをしっかりと守ってくれている。いい人たちだ。でもつまらない連中だけどね。