成分献血の話

 どうだろう、30年ほども前のことになるか。
 ワシャの務める凸凹商事と関係の深い病院から「血の気の多い若いやつを1人送ってくれないか」というオーダーが社の上層部に入った。「血の気」はO型と指定された。おいおい、ワシャはO型ですぞ。まぁしかしひ弱で青白いワシャのことだからリストからは外されるだろうと思っていた。ところがどっこい、10人ばかりのリストの中にワシャの名前がしっかり入っている。人事課長はその名簿を見るや否や「お、ワルシャワがいるじゃないか。決定!」と即決されてしまった。もちろんワシャはすぐに人事課長のところに、顔を真っ赤にして抗議に行った。
「なんでワシャなんですかー!」
「ほら〜ぁ、お前、血の気が多いじゃん」
「こんなひ弱な男から血がしぼれると思っているんですか」
「おまえ、スキーとサーフィンで栗毛色によく焼けているじゃないか。それに馬体もいいし、琵琶股の張り具合も上等だ」
 と、課長はワシャの尻のあたりをサワサワさわる。
「ワシャは馬かー!」
 そういうことで、ワシャは並みいる強豪のO型を引き離し(泣)凸凹病院に送り込まれたのだった。

 そこには東三河の病院から転送入院した患者がいた。その人が手術をすることになって急きょ血小板が必要になったんだとさ。普通は、身内、親戚、ご近所さんという順番なのだろうが、その人の身内にはO型がおらず、西三河には知人がいなかった。それで病院に相談したところ、うちにお鉢が回ってきたということらしい。なんのこっちゃ。
 ワシャは医療行為がきわめて苦手だ。そのあたりのことはここに書いてある。
http://d.hatena.ne.jp/warusyawa/20120603/
 とにかく、見た目は頑健に見えても、医療行為というだけでビビッてしまう根性なしなのである。それが3時間もベッドに縛り付けられて、太いチューブを右手に刺す(ブッチュー!)。そこから血を吸われ(チューチューチュー)、頭上にぶら下がるビニール袋にためられていく(タプタプタプ)。そこから血小板の成分だけを取り出して、余分な血液は左手に刺さった(ブッチュー!)チューブからワシャの体内に戻される(ドクドクドク)。これを延々と繰り返す。ワシャは医療行為を目の当たりにして、貧血のような状況になっている。だから血がなかなか出てこない。後から聞けば、一般の人より1.5倍ほど時間がかかったとのこと。とほほ。
 ワシャの友人のN氏なら、ベッドに横になってチューブを繋いだ途端、「オリャー!」とか雄たけびを上げれば2リットルや3リットルの採血などあっという間に終わるだろう。が、ワシャはそんな野獣ではなかった。
昼過ぎから初めて、夕方になってようやく成分献血は終わった。血小板を失ったことよりも、長時間、医療行為にしばられていたことがダメージになっていた。その上にチューブの外された両腕に鉛筆代の穴があいていたことにショックを受けた。ここからはシナリオ風に。
○病院(廊下)
 西日が差している。
 青黒い顔をしたワルシャワが手すりを支えにしながらフラフラとやってくる。
 そこに初老の女が駆け寄ってくる。
女「ワルシャワさんですよね」
ワ「(振り返り)へ?」
女「(深々と頭を下げ)今日は本当にありがとうございました。これで息子の手術もなんとか……」
 女、手提げから封筒を出して、
女「これは些少ですがお礼の気持ちということで」
ワ「なにを言っているんですか、ワシャはお金など受け取れまへん」
女「そこをなんとか」
ワ「いやいや、いりまへんぞ」
 女、むりやり封筒をワルシャワのポケットにねじ込むと、走り去ってしまった。
ワ「(封筒を手に)なんじゃこりゃー!」
 夕日を浴びて、赤いワルシャワが封筒を握りしめた手を突き挙げて苦悶の表情を見せるのだった。

 結局、職場にもどると、係長と先輩二人が、「ワルシャワ成分献血記念」ということで、飲みに行こうということになった。あの封筒に入っていたお金は、5000円くらいだったと記憶しているが、その軍資金になったのであった。