薪能帰路

 薪能の帰りのことである。
 愛知県西尾市は田舎町なので、午後7時を回ると私鉄駅周辺は急に寂しくなる。駅舎の1階にはマクドナルドなど数店舗があるのだが、歩いているのはワシャばかりである。
 名鉄西尾駅は2階が改札、3階がプラットフォームとなっているので、階段を上がって改札まで行った。改札前にはようやく人がいた。男女8人ばかりの若者がたむろしていて、「△@#●×@@□!」などと大声で喚きあっている。横を通り過ぎる時、案の定、刺激臭が鼻梁を突く。臭いからすると南米系か。
 ガラがワルそうな一団だった。関わり合いになるのも面倒だから、ワシャはそそくさと切符を買ってプラットフォームに上がった。
 二両編成の各駅停車はすでにホームに止まっている。名鉄西尾線は単線なので、対抗の電車がホームに入ってくるまでずいぶんと待たなければならない。それでもいい。客はワシャしかいない静かな環境である。暇な時は読書に限るわい、ワシャはおもむろに『摘録鸚鵡籠中記』(岩波文庫)を取り出して読みはじめるのじゃった。

 静寂が「△@#●×@@□!」という喚き声で破られた。あちゃー、ヤツらが車内に侵入してきたのだ。ヤツら、車内のあちこちに別れて座った。その中の若い女二人がワシャの目の前の席に陣取って、大声でしゃべるしゃべる。その声があまりにでかいので、本に集中できない(まだまだ修行が足りぬようじゃ)。仕方がないので文庫は閉じて、薪能のパンフレットを眺めることにする。

 そんなことはどうでもいい。問題はその後に起こった。でっぷりと肥えた丸太のような足を見せているブラジル人はキャラメルのようなものを食うと、その包み紙を扉から外に投げ捨てた。そして何事もなかったかのようにギャハギャハ笑っている。
 ムカッときたワシャは、「ゴミ捨ててんじゃねえよ、ボケ」と、優しく注意をしたのだが、日本語が通じない。ワシャが何か言ったことに反応して仲間の男がこっちに近づいてくる。車内に日本人はワシャ一人、後は全部ブラジル人だ。ちょこっとヤバイ。どうする〜♪ワルシャワ〜♪

 風雲急を告げる名鉄西尾線午後7時9分発普通列車ワルシャワの運命やいかに!