白金台あたり

 池波正太郎の『仕掛人・藤枝梅安』シリーズに「梅安晦日蕎麦」という佳作がある。この作での藤枝梅安と対するのは、海坊主のような毛むくじゃらの大男で、まるで、大泥棒の石川五右衛門みてえな物凄い面構えの浪人者と、常軌を逸した女好きという狂気の旗本、そして仕掛人の闇の元締めというキャスティングだ。
 今回も江戸のあちこちが登場する。梅安の相棒である彦次郎の家がある「浅草の外れ塩入土手辺」、梅安の治療院は「品川台町」、梅安が元締めを仕留める料亭の井筒は「柳橋南詰め」にある。
 しかしこれらの風景は脇役と言っていい。今回のドラマの主たる舞台は、白金台界隈ということになろう。浪人者が住む一軒家は「白金樹木谷」である。浪人者が旗本の毒牙に掛かった娘をかくまったのが「白金常在寺」、浪人者が梅安を尾行するのが、白金通り沿いにある瑞聖寺や覚林寺である。このようにドラマはもっぱら白金周辺を中心に展開する。

 先週の金曜日に「日垣隆公開インタビュー」が、ちょうどこの白金台あたりで開催された。会場入りするまでに少し時間があったので、毎度のことなのだが近辺をうろうろと散策したのじゃ。
 それにしても当たり前なのだが、白金台付近は都会だった。『江戸名所図会』に「白銀妙見堂」の絵があるけれども、白金通り沿いには家並みが一列連なっているのみで、あとは鬱蒼とした雑木があるのみだ。また安藤広重の『名所江戸百景』の目黒あたりの絵を見ても、青々とした緑に覆われた景勝地である。
 今の灰色の景観からは想像すらできませんぞ。果たしてこの物質文明の真っ只中にいる我々が幸福なのか、緑深き江戸の町を闊歩していた梅安が幸せなのか、こればっかりはわかりませんな。