去嫌

 板坂元氏の「何を書くか、どう書くか」を読んでいて、「去嫌(さりきらい)」という言葉に出くわした。日本国語大辞典によれば《変化を尊び反復停滞を嫌う連歌、和漢連句俳諧などで、一巻の中に同字、同事などが近接して多用されることのないように定められた禁制の総称。》ということだそうだ。例えば、鬼という語は、千句の中で一回しか使用してはいけないし、旅という語は三句へだてなければ使えないというルールなのだ。これは、あまり同じ語句が頻出して単調になるのを嫌ったということらしい。
 この板坂さんも日垣さんも、語尾の重なるのを嫌うが、それはつまりこういうことだったんだね。勉強になったなぁ。
 また別の意味に《好き嫌い。えりごのみ》などというものもある。10日に横浜市地球温暖化防止イベントで小池百合子環境大臣郵政民営化で反対から賛成に転じる野田聖子議員を痛烈に批判したという。このおばさん、よほど去っていったものが嫌いなんだろうね。「それぞれいろんな決断をされると思うけど、私だったら徹底して貫きます」だとさ。おいおい、あっちの政党、こっちの政党とふらふらしてたのはお前さんじゃないのかい。それに敗軍の将が軍門に下っているんだ。首吊りの足を引っ張るような言動はいかにも品がないし、人間としての底が見透かされるよ。
 芦屋の石油商の娘として何不自由なくお育ちになったわけで、わがままさ、高慢さでは人後におちない小池さん、せいぜい小泉首相のケツをしっかり舐めて女宰相への道を固めるがいいさ。くわばらくわばら・・・