南の島に雪が・・・(1)

 加藤大介という俳優がいた。あの黒澤明監督の「七人の侍」で、首領の勘兵衛(志村喬)を補佐する参謀役七郎次を好演している丸顔の人だ。と、いうよりも森繁久彌主演の「社長シリーズ」で純情な営業部長大場太平といったほうが、分かりがいいだろうか。
 加藤さん、明治44年(1911)に東京に生まれている。兄弟に沢村国太郎沢村貞子がいる芸能一家で育ち、昭和8年(1933)、前進座に入っている。この人、戦争にも駆り出され、ニューギニア戦線へと送られた。ここで絶対国防圏死守命令を受け、西ニューギニアに駐屯する兵士たちに少しでも慰安してもらおうと、役者の加藤を中心にして劇団が組織された。そしてなんと熱帯のジャングルに電化されたマノクワリ歌舞伎座までが出現した。このあたりのことは小林よしのりの「新ゴーマニズム宣言第3巻」に詳しいが、ここは加藤大介自身の手記「南の島に雪が降る」からその様子を引きたい。
 初日があき、第三場は「吉野宿・沢井屋の場」である。
加藤扮する弥太郎が宿から外へ出るときに、開いた戸から白いものが数片土間に舞いこむ。この白いもの(もちろん紙の雪ですわな)に客席は反応する。
《「あれえ、いまのは雪じゃねえのか?」
「そうらしかったな。白いのが吹きこんできたもの」》
《この幕切れでは、雪に対して気をひいておくだけでよかった。》
 そして、
《やがて、大詰の幕があく。
 甲州街道にそった吉野の宿の街はずれは、一面の銀世界だった。もう土の色は見えなかった。厚くつもった雪が、地面の起伏をなだらかにしていた。冬枯れの黒い木々に、そして枝々にも、白いものが繊細な唐草模様を描いている。カヤぶきの屋根も、重たげにうつむいていた。それでもまだ雪(紙ふぶき)は小やみなく降りつづける。》
 この雪景色を見た兵士たちは大歓声を挙げた。そりゃそうでしょ。ここ熱帯で、死ぬまでこの地を守っていろと「ぼんくら大本営」に命令されている。100年戦えと言われている彼らにしてみれば、雪など二度と見られないと思っていただろう。ところが目の前には吹雪の街道があったのだから驚喜するのも当然といえた。
(「南の島に雪が・・・(2)」に続く)