歩くの大好き その1

 隣町の住宅街を散歩していたら、どこかで見たような家があった。しばし佇んで記憶を辿ってみれば、「ああ、子どもの頃、仲のよかったSの家だ」と思い出した。ワシャが小学校を転校して以来だから30数年ぶりということになるか。小さな庭では老婦人が庭木の手入れをしているのだが、歳のころから言えばSの母親だろう。当たり前だけど随分とお歳をめされた。
 あの頃、この家は田圃の中の一軒家で、子ども部屋の窓には見渡す限りの水田が広がっていた。水面をわたる風が気持ちよかったことを記憶している。
 それがどうだ。今は周囲を住宅や町工場にびっしりと囲まれて、たぶん子ども部屋の窓からは隣りの倉庫のスレート壁しか見えまい。もうこの辺りで田圃を探すことは不可能だろう。歳月というものは、わずか30〜40年で風景を一変させるものなんだなぁ・・・とあらためて実感した。
 だけどね、家はそのままだった。多少、増改築されてはいるが昔のままのところが随所に残っている。ほら、縁側下の空間(縁の下)に置かれている植木バチや移植ゴテなどは30数年前から変わらずそこにあるようだ。「あっ!」小トトロが今植木バチのかげから顔を出した。思わず声を出してしまったので、老婦人に見とがめられた。軽く頭を下げると、老婦人も会釈を返してくれる。それを汐にSの家をあとにした。
(「歩くの大好き その2」に続く)