命を捨てる偽善者

 ジャーナリストの日垣隆さんの記事があったので新潮45の5月号を買ってきた。パラパラとページを繰っていると「ガス室に消えた動物たちの肖像」という一文に出くわした。この文章自体にはとくに感ずるものはなかったが、20年前のちょいとした出会いを思い出してしまった。
 20年前の春のことである。所用で近くの役場に行った。何の気もなしに裏口から出たところ、裏の庁舎駐車場でライトバンのリアハッチを開けて、職員が中のダンボールから白いものを取り出していた。
 まったくの好奇心から「何を持っているんですか?」とその職員に声をかけてしまった。職員はうれしそうにワシャ(私のこと)を見ると、近づいてきてその白いものを渡すではないか。その白いものはふわふわの生後まもない子犬だった。
「かわいいですね」
 本当にかわいかった。おへちゃな顔といい、くりくりとした黒い目といい、抱きしめたくなるくらい愛らしい。
「かわいいでしょ、飼いますか」と職員は言った。
「だめだめ、勝手に犬を持って帰ったりしたら嫁さんに大目玉だよ」
「そうですよね」
 職員は少しがっかりしたように純白の子犬を引き取った。子犬のぬくもりが手に残っている。
「その子犬はどこにいくんですか?」
 訊かなくてもいいのに訊いてしまった。
「保健所で処分されるんですよ」
「しょ・処分って・・・」
「そうですよ」と言って、職員は寂しそうに笑った。
「処分って、駄目ですよ」
「駄目って言われても仕方ないですよ」
「ちょっと待ってください」
 ワシャは役場に戻ると、公衆電話から自宅の嫁に電話をした。
「かわいい子犬がいる。めちゃめちゃかわいい。用心にもいいから飼おう」と畳み掛け、とにかく渋々ながら同意を取りつけた。急ぎ裏の駐車場に戻って、職員の手から純白を取り返した。純白はワシャの顔を見て「クウン」と小さく鳴いた。
「まだいますよ」職員はダンボールの箱を指差した。
「だめだめだめ、見たらだめ」と、純白を抱えてその場から逃げるようにして去ったのだった。
 その日から、権太郎と名づけた純白の犬と若い夫婦のとんでもないが、ほほえましい同居生活が始まるのだが、そんなことはどうでもいい。

 とにかく犬(ペット)を飼っている皆さん、むやみに犬(ペット)を捨てないでください。一度、飼ったらその犬(ペット)が天に召されるまで責任をもってください。でないと「バカ飼主」と呼んでバカにしますぞ。

【メモ】我が家の犬 ゴンという犬 亥年の犬